ポスト資本主義に向けた強者と弱者のコペルニクス的転回を願って -ボン教に学ぶ「弱者を生き抜く智恵」-

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 熊谷誠慈 こころの未来研究センター准教授は、チベット・ヒマラヤ地域の土着宗教である「ボン教」についての研究を進める中で、国内外の研究者とともに、ボン教が培ってきた「弱者を生き抜く智恵」を分析し、公表しました。

 産業革命以後、人類は、劇的な速度で科学技術と経済を発展させ、物質的な豊かさを享受してきました。しかし、資本主義の宿命として、持てる者(資本家)と持たざる者(労働者)との経済格差は広まる一方です。今回のコロナ禍でも、世界の富裕層が何百兆円もの資本を増やす一方で、貧困層はさらに貧しくなっている状況が散見されます。貧富の格差が進めば、多くの貧困層はますます貧困に、そして弱者となっていかざるを得ないでしょう。

 そうした格差をなくすための取り組みも進まず、打つ手がないのが現状です。弱者はこのまま閉塞感や苦悩を抱いたまま生き続けるしか術はないのでしょうか。

 8世紀にチベット・ヒマラヤ地域で仏教が国教化して以降、ボン教は1200年もの間、宗教マイノリティとして、時に弾圧を受けながらも生き残ってきました。多数派の仏教徒たちと闘わず、しかし、自らのアイデンティティは誇りをもってしっかり守る。そのために、相手の良い部分をしっかり採り入れて根幹の教義を変えるなど、ボン教は「弱者を生き抜く知恵」を身に着けてきました。

 結果、1980年代には、ボン教はチベット亡命政府から伝統宗派の一つとみなされるようになり、1200年をかけて「宗教マイノリティ」から「チベットの基層文化」へと、その地位を回復させることに成功しました。

 ボン教の研究者は国際的にも数が少なく、その全容の把握は極めて困難な状況でした。そこで本研究では、国内外の新進気鋭のボン教研究者たちとともにボン教を多角的に概観したうえで、ボン教徒たちが培ってきた「弱者を生き抜くチベットの智恵」を抽出し、そのフレキシビリティ(柔軟性)とレジリエンス(弾力性)を明らかにしました。

 熊谷准教授らは、ネガティブな状況をポジティブに生きるためのボン教の智慧は、先行き不透明な(ポスト)コロナ時代の社会においても、きっと多くの人の役に立つものと願っています。

 本研究成果は、2022年1月14日に「ボン教:弱者を生き抜くチベットの智恵」として出版されました。

図:ボン教僧院で問答するボン教僧たち
図:ボン教僧院で問答するボン教僧たち
研究者情報
書誌情報

熊谷誠慈[編著] (2022). ボン教 : 弱者を生き抜くチベットの知恵. 創元社.