東樹宏和 生命科学研究科教授らの研究グループは、多様な微生物種で構成される生態系が急激にその構造と機能を変化させる現象について、その仕組みを統一的に理解するためのデータ分析手法を体系化しました。
近年、腸内細菌叢や農地土壌の微生物叢などが、人の健康や作物生産、環境浄化に深く関わることが明らかになってきています。その一方で、こうした微生物叢は、一見安定に見えても環境条件の変化に伴って急激に崩壊し、元の状態に戻らない場合があることが知られています。そのため、微生物叢の予測や制御は大きな課題となってきました。
本研究では、理論生態学や統計物理学、非線形力学を用いた分析を比較しつつ、微生物群集の状態変化を「ランドスケープ(地形)」として捉える視点から得られる知見を体系的に整理しました。これにより、群集の安定状態や遷移経路、崩壊のリスクを定量的に評価し、異なる生態系間でその基本的な性質を比較することが可能となります。
特に農業生態系に着目して土壌微生物叢の「群集集合ランドスケープ」を推定したところ、施肥量のある閾値を超えた場合に、作物病害が頻発する微生物叢へと不可逆的に移行する現象(ヒステリシス)が見出されました。
本成果は、微生物生態系の機能を安定的に管理するために必要なデータ解析を俯瞰・統合するもので、農業・医療・環境分野にまたがる幅広い分野での応用が期待されます。
本研究成果は、4月10日に、国際学術誌「The ISME Journal」にオンライン掲載されました。
研究者のコメント
「1種の生物でさえとても複雑な挙動をします。そんな種が数百・数千と集まって形成される微生物叢の振る舞いは絶望的に複雑だと一般的にみなされています。しかし、微生物群集に関する膨大なデータを蓄積し、適切な分析を行えば、システムとしての大局的な挙動を俯瞰し、未来に起こり得ることを予測したり、効率的に管理したりすることが可能となります。
しかし、微生物学や農学といった実際の『モノ』を扱う学問領域と情報や数学といった『コト』を扱う学問領域の間には未だに大きな溝があるようで、『生態系全体を実データから俯瞰し、その駆動原理を探る』というアプローチはまだ確信をもって受け入れられていないのが実情です。これまでに本研究室から世の中に送り出そうとしてきた研究成果も、投稿した科学誌から『このような複数領域の専門性を必要とする研究を評価できる査読者(評価者)がみつからない』という理由で査読さえしてもらえないことがありました。こうした状況を打開するため、世界中の研究者に向けて発信する目的で執筆したのが本論文です。
今後も、生態系が本来持つ機能を最大限に活かす道を農業・医療・工業・環境分野に提示するとともに、世界中で劣化してしまった生態系を迅速に再生する道を探る試みを続けていきたいと思います。」
【DOI】
https://doi.org/10.1093/ismejo/wrag085
【書誌情報】
Hirokazu Toju, Kenta Suzuki, Martina Sánchez-Pinillos, Genta Shima, Takuya Kageyama, Ibuki Hayashi, Mikihito Noguchi, Hiroaki Fujita, Yoshiyuki Goto, Shinji Nakaoka, Masayuki Ushio, Yasunori Ichihashi, W. Florian Fricke, Kenji Mizumoto, Lena Takayasu, Wataru Suda, Misako Takayasu, Masato Yamamichi, Wolfram Weckwerth (2026). Microbiome assembly statistics toward ecosystem-scale insights, forecasting, and management. The ISME Journal, wrag085.