河本宏 医生物学研究所教授と長畑洋佑 同特定助教(現:スペイン進化生物学研究所(Institute of Evolutionary Biology)日本学術振興会海外特別研究員)の研究グループは、血液細胞の7億年にわたる進化の過程を解明しました。
本研究では、様々な動物と単細胞生物における、多種多様な細胞の遺伝子の使われ方を比較する手法を開発することで、(1)動物の祖先は、まだ単細胞生物であった頃の遺伝子プログラムを用いて、マクロファージ様の血液細胞として誕生させ、(2)マクロファージからマスト細胞が分岐し、(3)そのマスト細胞から原始的なT細胞が、(4)マクロファージから原始的なB細胞が、(5)マスト細胞から赤血球が、それぞれ分岐していった事がわかりました。私達の体内を巡る血液細胞・免疫細胞は、単細胞生物時代の祖先が私達に遺したレガシーをうまく拡張・発展させたものと言えます。
今回の研究により、いわば7億年間の血液細胞の家系図が復元されました。この7億年間の進化の記憶は、現在生きる我々の体内にも刻まれていることもわかり、血液細胞の性質のさらなる理解と、病気の解明や治療への応用への発展が期待されます。
本研究成果は、2026年5月29日に、国際学術誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」にオンライン掲載されます。
研究者のコメント
「今回の研究で明らかになった血液細胞の家系図の中で、特に、T細胞、マスト細胞、赤血球、血小板が近縁であるということは、驚くべきことであり、血液細胞・免疫細胞という存在を正確に把握する上で、重要な知見になります。また、7億年前の先祖の遺産が、血液細胞として、現在生きている我々の体内を巡っていると思うと、遠い祖先も身近に感じられて、ロマンチックな気持ちになります。」(長畑洋佑)
「私達の研究室は、個々の前駆細胞の分化能を調べる事により、造血幹細胞が赤血球やT細胞、B細胞へと分化していく際に、マクロファージへ分化する能力が長く保持されているというモデル(ミエロイド基本型モデル)を、20年以上前に提唱しました(Int. Rev. Immunol, 20: 1-20, 2001)。その後、実際にT前駆細胞がマクロファージ分化能を保持している事を実証して、T細胞とB細胞が遠縁であることを示しました(Nature, 452: 768-772, 2008)。そして私達は、当時から分化経路と進化過程を関連づける考察をしていました(Immunol. Rev., 238:23-36, 2010)。最近、私達は『単細胞生物から脊椎動物までの進化の中で、食細胞の分化プログラムが連綿と受け継がれてきた』事を示しました(Blood, 140:2611-2625. 2022)。これは上記の『各種前駆細胞がマクロファージへの分化能を有している』という知見が血液の進化過程を反映している事を示す成果でした。そして、今回の研究により、マスト細胞がT細胞の祖先である事が明らかになり、またT細胞とB細胞が進化の過程において遠縁であることも示されました。今回の成果は、ミエロイド基本型モデルとして提唱した脊椎動物の血液細胞の分化経路が、7億年の血液細胞の進化過程を反映している事を示す、いわば集大成的な成果であり、とても感慨深く思います。」(河本宏)