先進国ではコレラはもはや深刻な感染症ではありませんが、途上国では地域的流行(エンデミック)が散発しており、依然として深刻な感染症です。また世界的に見ても、抗菌剤の効かない薬剤耐性菌の出現は大きな社会問題となっています。新しい抗菌剤の標的となるタンパク質や、その標的に作用する化合物を探し続けることは、社会的意義の大きい基礎研究です。
石川萌 農学研究科博士課程学生(現:日本学術振興会海外特別研究員)、桝谷貴洋 同助教、村井正俊 同准教授、岸川淳一 京都工芸繊維大学准教授、関健仁 総合研究大学院大学(分子科学研究所)博士課程学生、岡崎圭一 分子科学研究所准教授らの研究グループは、Blanca Barquera 米国レンセラー工科大学(Rensselaer Polytechnic Institute)教授との国際共同研究により、コレラ菌など一部の病原性細菌のエネルギー生産に必須のナトリウムポンプ(ナトリウム輸送性NADH-ユビキノン酸化還元酵素、以下 「NQR」)の動作原理を明らかにしました。
具体的には、NQRが基質の酸化還元反応(電子のやりとり)に応じてその立体構造をダイナミックに変化させる様子を、低温電子顕微鏡(クライオEM)を用いて、世界で初めて詳細に観察しました。さらに、その構造変化がナトリウムイオンの輸送に必須であることを、分子動力学(MD)シミュレーションによって裏づけました。今回の成果は、酸化還元反応によって作動するユニークなナトリウムポンプであるNQRがナトリウムをくみ出す仕組みを明らかにしたものです。これにより、NQRを標的とする新しい抗菌剤の開発研究の基盤が整えられたと言えます。
本研究成果は、2026年2月12日に、国際学術誌 Nature Communications にオンライン掲載されました。
研究者のコメント
「私たちは、NQRがどのように働いているのかを明らかにすることを目指して、米国の研究グループとともに10年以上にわたって共同研究を続けてきました。このタンパク質の研究をおよそ50年前に世界で初めてスタートさせたのは、千葉大学薬学部の畝本力先生と林万喜先生でした。その後長い間、NQR研究は主に海外の研究者が中心となって進めてきましたが、日本の研究者としてNQR研究に重要なマイルストーンを打ち立てることができ、大変うれしく思っています。私たちの研究は基礎研究が中心ですが、将来的に創薬研究に貢献できるような知見を提供することを目標に、これからも地道に研究成果を積み重ねていきたいと考えています。」(村井正俊、岸川淳一)
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41467-026-69182-w
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/299363
【書誌情報】
Moe Ishikawa-Fukuda, Takehito Seki, Jun-ichi Kishikawa, Takahiro Masuya, Kei-ichi Okazaki, Takayuki Kato, Blanca Barquera, Hideto Miyoshi, Masatoshi Murai (2026). The redox driven Na⁺-pumping mechanism in Vibrio cholerae NADH-quinone oxidoreductase relies on dynamic conformational changes. Nature Communications, 17, 1394.
日刊工業新聞(2026年2月19日 30面)に掲載されました。