現代宇宙論では、宇宙が無から量子効果によって創生されたという考えが活発に研究されています。しかし、その詳細に関する二つの有力な仮説「無境界仮説」と「トンネル仮説」のどちらが正しいか、長年論争が続いてきました。
松井宏樹 基礎物理学研究所特定研究員、岡林一賢 同特定研究員、本多正純 理化学研究所上級研究員、寺田隆広 名古屋大学特任助教らの研究チームは、人為的に仮説を選ぶことなく、宇宙の波動関数を第一原理から計算しました。従来の解析では数学的な曖昧さが残りますが、本研究チームはリサージェンスという手法でこの曖昧さを解消しました。最終的に、宇宙の波動関数は無境界仮説ではなくトンネル仮説に予言されるものになることを、一定の仮定の下で厳密に示しました。これらの結果は、無境界仮説とトンネル仮説の長年の論争の解決に向けた大きな一歩となることが期待されます。
本研究成果は、2024年10月3日に、国際学術誌「Physical Review D」にオンライン掲載されました。
「私が知る限り、本研究はリサージェンス理論を量子宇宙論に本格的に応用した最初の研究です。私自身はリサージェンス理論を他の色々な物理に応用してきた研究者ですが、今回リサージェンス理論を宇宙の始まりという究極の問題に応用して物理的な解釈につなげることができて、とても楽しかったです。」(本多正純)
「私は、量子宇宙論を専門的に研究していますが、本研究はローレンツ量子宇宙論という新しい枠組みの到達点とも言え、数学的に矛盾のない宇宙の波動関数の解析手法を与えました。また結果として、妥当な仮定のもと無境界仮説とトンネル仮説の長年の論争に決着がつけられたことはとても良かったと思います。」(松井宏樹)
「リサージェンス理論を量子宇宙論に応用できたこと自体個人的には面白かったのですが、それに加えて宇宙の始まりに対して新たな解釈を得ることができて興味深かったです。今回明らかにしたこと以外にも取り組むべきことがあるので今後の進展も楽しみです。」(岡林一賢)
【DOI】
https://doi.org/10.1103/PhysRevD.110.083508
【書誌情報】
Masazumi Honda, Hiroki Matsui, Kazumasa Okabayashi,Takahiro Terada (2024). Resurgence in Lorentzian quantum cosmology: No-boundary saddles and resummation of quantum gravity corrections around tunneling saddle points. Physical Review D, 110, 8, 083508.