被災地産食品回避は不安の低下と批判的思考が減少させる―10回の継続調査からみた福島原発事故によるリスク認知の変化と地域差―

ターゲット
公開日

※ 詳しい研究内容について(PDF)を一部修正しました。(2023年5月22日)

 楠見孝 教育学研究科教授、西川一二 同研究員、三浦麻子 大阪大学教授、小倉加奈代 岩手県立大学講師は、被災県・首都圏と関西圏の市民を対象とした福島第一原子力発電所事故による食品の放射線リスクへの態度について、9年間にわたる10回の調査を行いました。その結果、9年の時間経過によって、市民の放射能不安、積極的情報探索行動、被災地産食品の回避は、時間経過とともに減少することがわかりました。さらに、積極的情報探索行動や放射線に関する知識は、被災地が他の地域よりも高いこと、被災地産の食品を避ける行動は、被災県は関西圏よりも少ないこともわかりました。また、政府からの情報の信頼性は、かなり低い水準から上昇しましたが、信頼される水準には達していませんでした。分析の結果、被災地の食品を避けることは、放射能汚染に関する不安(経験的思考/システム1)によって促進され、批判的思考態度(分析的思考/システム2)によって抑制されることがわかりました。

 本研究成果は、2023年3月10日に、国際学術誌「Journal of Risk Research」オンライン版に掲載されました。

文章を入れてください
不安と批判的思考態度がリスクリテラシーと被災地産食品回避態度に及ぼす仮説的モデル
研究者のコメント

「12年前に福島第一原子力発電所事故が起きた時に、認知心理学者として、被災地のために何かできないかと考え、被災地産の食品回避がなぜ起こるのか、放射線リスクについて人がどのように不安をもち、情報を批判的に読み解く態度がどのように影響するのかを明らかにするための、長期的な追跡研究を続けてきました。
本研究は、心理学の観点から、被災県と首都圏、関西圏の1,800人の市民に対する大規模調査に基づいて、9年間にわたる10回の追跡調査(現在も継続中)によって、リスク認知とコミュニケーションに一人一人の違い(リスクリテラシーやリスク認知の程度、そして周りの人がどのようにリスクを認知していると考えているか)がどのように影響しているかを捉えようとしたものです。
本研究成果は、チェルノブイリ原発事故以来の深刻な原発事故である福島第一原発事故を経験した日本国民の放射線リスクに対する反応の長期的な変化を解明するための手がかりになります。
すなわち、放射線リスクについて、震災直後に、市民の放射線の健康への影響の不安が高まったことが、経験的思考による感情的・直観的判断プロセスを通して、積極的な情報探索と被災地産食品回避行動を促進しました。このような不安は、子育て中の母親で高いことがわかりました。こうした不安が食品回避を促進する影響は、9年間で徐々に減少しました。一方、分析的思考という論理的判断プロセスが、批判的思考態度を促進し、リスクリテラシー(放射能の知識、メディアリテラシー、科学リテラシー)を働かせることで、被災地産食品回避を抑制しました。このプロセスは、事故直後の不安の影響に比べると相対的に弱いものでしたが、時間の経過とともに徐々に強くなりました。
これらの結果を踏まえた、危機に対応する政府やマスメディアへの提言としては、(a)健康影響に関する安心を高める情報提供によって市民の不安を軽減するとともに、正確なリスクや対処に関する情報を国民に提供すること、特に子育て中の母親など、リスクに敏感な人に即した情報提供をして不安を軽減させること、(b)信頼できるデータに基づく情報によって、批判的な思考態度による分析的思考を促すようなメッセージを発信することがあります。」

研究者情報
研究者名
西川 一二
書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1080/13669877.2023.2181856

【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/279660

【書誌情報】
Takashi Kusumi, Asako Miura, Kanayo Ogura, Kazuji Nishikawa (2023). Attitudes toward possible food radiation contamination following the Fukushima nuclear accident: a nine-year, ten-wave panel survey. Journal of Risk Research, 26(5), 502-523.

メディア掲載情報

読売新聞(5月10日 26面)に掲載されました。