令和4年度秋季大学院入学者への祝辞(2022年10月1日)

 京都大学に入学した修士課程91名、博士(後期)課程128名、専門職学位課程3名の皆さん、入学おめでとうございます。教職員とともに、皆さんの入学を心からお祝い申し上げます。また、これまで皆さんを支えてこられたご家族や関係者の皆様に心よりお祝い申し上げます。我が国ではまだ新型コロナウイルス感染症が収束にいたらず、今年度の大学院秋季入学式もオンラインによる開催を余儀なくされました。入学者の皆さんに直接にお会いしてお祝いの言葉を述べられないことは非常に残念ですが、オンラインでお祝いのメッセージを送りたいと思います。

 今日から皆さんは、京都大学の大学院修士課程、博士(後期)課程および専門職学位課程において、様々な学術領域での研究生活の第一歩を始められます。本年は、京都大学が創立されてからちょうど125年目の記念すべき節目の年にあたりますので、始めにまず本学の歴史について簡単に皆さんに紹介しておきたいと思います。京都大学は1897年に、日本で2番目の帝国大学として創立されました。明治維新以来日本は、政治・経済そして社会体制の急速な大変革を経て、近代的国民国家としての道を歩み始めました。1886年の帝国大学令により、東京大学は工部大学校を統合して我が国で最初の帝国大学となりますが、これは主に新しい国民国家建設に必要な官僚や技術者などの人材育成を目的とするキャッチアップ型の大学でした。他方、当時欧米ではすでに第二次産業革命による技術革新が進み、学術や科学の急速な進歩が社会発展の主たる原動力となりつつありました。このような時代背景の中で、やがて日本でも独自の革新的な学術や科学の研究推進が不可欠であり、そのために中心的な役割を果たすイノベーション型の大学が必要であるという社会的機運が高まり、1897年の京都帝国大学設立にいたりました。京都大学は、我が国で初めて新たな価値を生み出す「学術研究のための大学」として出発した大学と言えるでしょう。

 創立以来京都大学は、自由な精神に基づく学術・科学研究による真理の探求と、それに基づく新しい知的価値の創造をめざし、今日まで125年にわたる長い歴史を刻んできました。この間、京都大学からは自然科学分野では、物理学、化学、医学・生理学を含むアジアでは最多の11名のノーベル賞受賞者、数学では2名のフィールズ賞受賞者を輩出しています。また人文・社会科学分野でも、「京都学派」と呼ばれた西洋哲学と東洋思想の融合を目指した独創的な哲学、「新京都学派」と総称されるフィールド活動に基づく学際的共同研究スタイルを開拓し、世界に発信してきました。さる6月に京都大学創立125周年記念行事の一環として、今も現役で活躍されている本学ゆかりの6名のノーベル賞受賞者にご参加いただき、記念フォーラムが行われました。このフォーラムに参加して私は、これらの優れた研究者の方々には、物理学、化学、医学・生理学と研究領域こそ全く異なるものの、二つの共通点があることを強く感じました。ひとつは、独創性の尊重であり、独創的であるためには自由な精神が必要であるという信念です。本庶佑博士は、トレンドは乗るものではなく作るものであると、また野依良治博士は、自分が本当にやりたいことのためなら世界中どこへでも自由に飛んでいくべきだといつも仰います。そしてもうひとつの共通点は、真理探求をめざす学術研究こそが、いずれ必ず人々にとって有益な社会的価値の創造につながるものであるという確信です。本学の化学分野からは、アジアで最初のノーベル賞受賞者である福井謙一博士を始めとして3名の化学賞受賞者がでていますが、ここでは「応用をやるには基礎をやれ」という言葉が今でも受け継がれています。同様に、野依良治博士の研究に基づく薬剤など多くの有用化合物の合成技術開発、吉野彰博士によるリチウム電池の開発や、山中伸弥博士の研究に始まる再生医療の展開、本庶佑博士の研究成果に基づく画期的ながん治療法の開発など、いずれも独創的な基礎研究の所産と言えます。本庶博士のノーベル賞受賞式の後に、この新しい治療によってがんを克服した多くの患者さんたちが博士を囲み、その手を取って感謝されていた光景は、私には受賞式そのものにもまして感動的なものでした。

 京都大学は、「自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献する」ことを基本理念としています。世界は今、気候変動と地球環境破壊の進行、暴力と戦争、新興感染症、格差と貧困、少子高齢化など、多くの困難に直面しています。しかしこのような困難な状況であるからこそ一層、あなたたち若い世代の学術や科学への熱意と希望が外的要因でくじかれることがあってはならないと思います。現在ウクライナでは不条理な戦禍が未だ止まず、同地の学生は正常な教育研究活動の継続がままならない状況にありますが、今年の秋から20名近くのウクライナからの学生達が本学で教育研究を続けられることになっています。すでにウクライナから京都大学に入学されていた学生のひとりであるアンナ・クレシェンコさんは、本年4月から新たに本学の大学院へ進学され、研究のかたわら、妊婦や子育て中の女性のメンタルケアという社会的課題に取り組んでいると聞いています。彼女は社会問題の解決に向けてイノベーションを起こす独創的なソーシャル・アントレプレナーとして新しいキャリアを日本で築きつつあり、その将来をおおいに嘱望されています。

 これから皆さんは、京都大学大学院で研究生活の第一歩を踏み出されることになりますが、私は皆さんがこの長い歴史と伝統のある研究大学で、皆さんひとりひとりの興味や関心のおもむくまま、思う存分研究に打ち込まれること、そして何よりもそれを楽しんでいただくことを願っています。同時に、とくに海外からの留学生の皆さんには、この日本を代表する古都・京都の街で、日本の文化に直に触れ理解を深めていただきたいと希望しています。京都は文化と学術の地であると同時に、アントレプレナーシップの中心地でもあります。皆さんがこの学術の府でしっかりと研鑽を積まれ、やがては社会の様々なセクターで、自由で独創的なキャリアを作りあげていくことによって社会に貢献していただくことを心から祈念して、私からのお祝いの言葉に代えたいと思います。

 本日はまことにおめでとうございます。

令和4年10月1日
京都大学総長
湊 長博