任期中の基本方針 ―世界に輝く研究大学を目指して―

京都大学総長湊長博
京都大学総長
湊 長博

 2001年に制定した京都大学の基本理念、2015年に策定した「京都大学の改革と将来構想(WINDOW構想)」、そして2017年に指定を受けた指定国立大学法人構想を踏まえ、私の総長任期中に新たに注力する取り組みを中心に、基本方針をまとめました。2020年10月の総長就任以降、執行部内で議論を重ね、まず2021年3月に学内において報告し、このたび、より多くの皆様にご覧いただきたくここに公開します。
 世界に伍する研究大学を目指し、教育・研究支援体制の再構築、人材多様性の確保、財政基盤の強化という3つのビジョンのもと、教育と学生支援、教員の研究活動支援、業務運営体制の改善、施設、組織運営、基金活動の6つの課題について、それぞれ方向性を示しています。
 今後、全教職員一丸となって、この方針に基づく具体的な取り組みを着実に実行していきます。また、大学を取り巻く状況の変化に応じて、本基本方針を改定していきます。皆様のご理解とご支援を賜りますようお願いします。

任期中の基本方針 ―世界に輝く研究大学を目指して―

 本学では、2017年における指定国立大学法人の指定に当たり、全学での議論を経て世界に伍する研究大学を目指すための中長期的基本戦略を策定した。この基本戦略自体は、第4期中期目標・中期計画期間においても維持されるべきものと考える。他方、総長就任以来、理事を含む執行部内での意見交換を踏まえて第4期に向けた職務遂行方針を検討してきたが、その中で従来の取り組みを変更すべき点や新たに必要となる取り組みが想定されるため、それらを中心に任期中の職務遂行の基本方針として本文書をとりまとめた。本文書に記した事項については、できる限り第4期中期目標・中期計画案に反映したいと考えている。
 なお、中期目標・中期計画においては、従前からの計画の変更や新規計画だけでなく、継続すべき計画も含まれるので、本文書の内容がそのまま中期目標・中期計画案を意味するわけではない。本基本方針については、今後、状況の変化や新たな必要性に応じ、全学的議論を充分に踏まえた上で、逐次改定していくつもりである。 

基本的な考え方

 本学の基本理念に従った職務遂行を進める。その中でもとりわけ、自由の学風の下で独創的な研究を推進するため、多様で有為の人材が世界中から本学へ集うことのできる魅力ある教育・研究環境の整備と、自律的な運営を可能とする基盤の強化に注力したい。
 魅力ある教育・研究環境を実現するための方策として、学生の修学環境や教育内容・体制の改善とともに、教員の教育・研究活動を支援する体制の整備や処遇の改善に取り組む。特に、学生・教員の多様性の確保は重要であり、優秀な海外留学生の増加や若手・女性教員の増員・育成に充分配慮する。また、自律的な運営を行う基盤の強化のため、社会への発信力の強化、産学連携活動や基金活動の一層の推進に積極的に取り組む。これらにより、本学の社会における存在感を高めるとともに、社会からのより大きな支援獲得へと繋げたい。
 以上の基本的な考え方を具体化するための取り組みについて、主に従前からの変更点や新たな取り組みを中心に以下に述べる。

具体的な取り組み

I. 教育と学生支援

 学部・大学院において、熱意に溢れ適性に優れた多様な入学者の確保とその育成のため、学生の生活支援と福利厚生の向上、学生の希望と時代のニーズに対応した教育内容・体制の改善を進める。

(1)学部教育
  • 入学者選抜等;女子学生の比率向上に向け、中・高生や保護者への働きかけを強化するとともに、Kyoto iUPを拡充して優秀な海外留学生の増加を図る。入試については、現在の制度を当面維持するが、特色入試については、その趣旨と入学後のカリキュラムの整合性や同入学者の修学状況及び学部卒業者の追跡調査に基づいて適宜検証を進める。
  • 学部入学定員と転学部・転学科;学部の入学定員については、中長期的な社会の要請や学術領域の変化への対応を含めて、引き続き検討する。また、入学後の学生の進路志望変化などに適切・柔軟に対応できるよう、転学部・転学科制度の再検討を進める。
  • 学部カリキュラム改革;各学部の要卒単位数が適切であるか再検討を行う。特に専門科目の増加に伴い、教養・共通教育については、一部で学生が外形的な単位数収集のみに終始してしまうという懸念がある。教養・共通教育がより効果的・魅力的なものとなるようカリキュラム改革を進めるとともに、要卒単位数や必修科目などについて再検討を進める。
  • 短期海外留学;海外留学促進のため、各学部の要卒単位数の再検討、海外大学との単位互換の拡張などを積極的に進める。語学留学の単位化を推進し、単位認定を伴わない短期留学及び受入れについては再検討を行う。
(2)大学院・専門職大学院教育
  • 給付型奨学金制度の拡充と整理;従来の日本学術振興会特別研究員やTA/RA制度に加え、新たに文部科学省による博士後期課程への給付型奨学金の拡充が予定されているが、並行して大学の独自基金による奨学金制度の導入により、全体としてバランスのとれた大学院生の生活支援を拡充し、優秀な学生の大学院進学を促進する。複雑化する各種奨学金制度の趣旨と内容(生活支援、研究支援など)を整理し、その情報をわかりやすく学生に開示・説明できる体制を作る。
  • 大学院定員と専攻組織の改革;大学院定員の管理柔軟化を引き続き文部科学省に要求していくが、現行定員が社会的要請や学術動向の変化に適切に対応できているかについての検証を進める。専攻・講座の統合・集約化(大講座制など)等の組織改革とそれに応じた大学院課程のカリキュラム改革を進め、全体として効果的な研究者育成プログラムを構築していく必要がある。
  • 優秀な留学生の獲得;海外の諸拠点も活用しつつ、大学院研究科全体としての統一的な学生リクルート活動を展開し、受け身ではなく積極的な海外の優秀な大学院生の獲得を推進する。そのため、次に述べる大学院教育支援機構(仮称)の内部にリクルーティング・オフィスを設置し、全学大学院統一ポータルサイトの一層の充実化を図るとともに、現行の留学生の授業料・入学料免除や奨学金システムを再検討して、優秀な留学生の確保につながる仕組みへ変更する。
  • 大学院教育支援機構(仮称)の設置;上記の諸活動に加え、大学院共通科目の充実、各種大学院学位プログラム(卓越大学院、ジョイントディグリー、ダブルディグリーなど)の統括などを一元的に進めるために、全学組織としてGraduate Divisionに相当する大学院教育支援機構(仮称)を新たに設置する。これにより、各研究科の多方面での教育・研究活動における連携協力を推進する。
(3)学生生活
  • 学生相談窓口の強化;学部・大学院を問わず、学生の生活、心身の健康、修学状況などにかかる相談のニーズは急速に増加しており、学生総合支援センターでの対応は限界を超えてきている。少なくとも各キャンパスに、学生の相談・支援全般に対応しうる窓口体制を整備する。
  • 学生サービス環境の改善;老朽化している福利厚生施設の更新など、学生サービス環境の改善を図る。

II. 教員の研究活動支援

 国内外の若手・女性を含む多様で卓越した研究者人材の獲得、及びそのために、教員が充分に教育・研究活動に専念できる環境の整備が最重要課題であると考える。

(1)研究支援体制の再構築
  • 研究遂行の支援にかかる要員(事務系秘書、技術系職員、URAなど)を増員・拡充し、また、その雇用と運用については全学的に一元化された体制を整備して、これにかかる教員の負担を軽減する。
  • 全学の諸会議・委員会などの設置、構成、運用方法の見直し、事務諸手続きの電子化を進め、教員の教育・研究エフォート率の実質的増加を促進する。
  • 部局教員の基礎的研究経費配分の増加を検討するとともに、URAによる競争的研究費獲得支援、競争的研究費応募にかかるセーフティーネットのための学内研究費の仕組みなどの強化を進める。
(2)教員の処遇改善
  • 人事給与制度を改正し、民間の研究職の給与額も参考にしつつ、教員の教育・研究における業績が透明性の高い評価に基づき適正に処遇に反映される制度を導入する。
  • 現在極めて多数に及ぶ身分の不安定な有期雇用教員(特定教員)については、可能な限りテニュア・トラック制への移行を図り、適正な業績評価に基づき正規教員へのキャリアパスの拡大を図る。
  • 保育室など、若手教員の研究支援環境の整備を進める。
(3)教員の多様性の確保
  • 本学の現状では、女性教員、若手教員、外国人教員の割合はいずれも全国主要国立大学で最低のレベルにあり、大学の社会的信頼性や将来性において大きな懸念材料となっている。外部資金の導入、教員・職員間の定員枠の柔軟化、教員定員再配置の仕組みの検討など様々な方法により、教員の多様化を推進する。
  • 各学系において現況を把握し、その状況に応じて適切な若手・女性教員比率の目標設定を行う。
(4)教育研究組織の改革
  • 教育研究組織の多様性が本学の特徴であるが、各組織の規模に非常に大きな開きがあることが事務の効率性やコンプライアンスなどの点でしばしば問題となっている。学術領域の変化や社会的要請を踏まえて各教育研究組織の設置目的と現況評価を改めて検証し、必要に応じて組織再編や統合を促す。
  • 学域・学系制の趣旨を最大限に活用しつつ、より柔軟で機能的な教育研究組織の改編を進める。
(5)研究活動の国際化と成果の発信
  • 海外拠点の役割・機能を検証し、教育・研究の国際展開に資する効果的な体制に整備する。
  • On-site Laboratoryについては、自律的運営を確立し継続的な国際共同研究の拠点化を目指す。
  • 海外重点研究機関との戦略的パートナーシップにより、形式的な大学間学術交流協定から、より実質的で恒常的な国際共同研究の強化へ移行する。
  • 人文・社会科学分野の教育・研究成果に関する社会的発信力を高めるため、ハブとなる組織の整備などを行う。
  • 図書館機構による研究成果の自律的なオープンアクセス方針を推進する。
(6)産学共同・連携活動の推進
  • 産官学連携本部の機能の充実・強化と透明性の確保を進め、特に全学の教育研究組織・研究者とのコミュニケーションを促進する。学内研究者との情報交換の窓口を拡大し、大学発ベンチャーを含め学内シーズの発掘・支援機能を高める。
  • 民間からの博士後期課程学生の在籍受け入れなど、大学院教育を基礎にした民間との共同研究の連携支援を拡大する。

III. 業務運営体制の改善

 コンプライアンスに最大限の配慮をしつつ効率的で機能的な業務運営を行うために、事務組織や雇用体系の抜本的改善と事務職員の政策立案能力向上に向けての取り組みを進め、全体として非効率的経費の削減に努める。

(1)本部と部局の事務改革
  • 事務本部については、縦割り意識の解消、部門間の連携と情報共有の強化により、効率的な業務運営ができるよう組織再編を進める。
  • 事務本部の事務組織再編に応じて各部の学内予算再配分機能を見直し、適正で効果的な予算配分と執行体制を整備する。
  • 現行の共通事務部のあり方を再検証し、事務本部及び部局事務部との効率的な役割分担と協力体制をつくる。
  • 新規に構築する研究支援体制と各事務部との連携を強化し、両者のシームレスな関係を構築する。
(2)全学機能組織の見直し
  • 全学機能組織の必要性、役割、適正な規模を再検証し、必要に応じて統廃合を進める。
  • 各機構を支える事務組織の役割についても明確にし、必要な規模に見直す。
(3)財務改革
  • 各事務部への慣例的、固定的な予算配分方式や単年度予算消化体制などについては、抜本的な見直しを進める。
  • 総長裁量経費、全学経費、アクションプランなどの本部組織の基盤的経費については、慣例的配分を抜本的に見直し、役割や運用の評価に基づき適正な配分を行う。
  • 部局に対し各種経費(機能強化経費、施設維持経費など)で措置される予算や、新たに基盤化された予算についても、事業内容や実績の評価を踏まえ必要に応じて運用の見直しを進める。
(4)職員の人事給与制度の改善
  • 職員の昇給・昇格については、一律の年功序列的運用によることなく、職責を明確化し、その業績評価に基づく運用を基本とする。これにより、職階と給与の逆転現象など職員の労働意欲の阻害につながるような弊害を防ぐ。
  • 職員のキャリアパスとして、一般事務職と総合職のコースを作り、職員の事情によりコース変更も可能な制度を検討する。
  • 特定職員(URA、法務職、技術職など)について、本人の希望と実績に基づき一般事務職と並立の正規職員としてのポストを創設する。
(5)医学部附属病院の管理運営
  • 先端医療研究開発機構(iACT)を拠点として、企業治験を含む臨床試験の遂行と支援機能を充実強化し、世界的に遅れを取る我が国の先端臨床研究のリーダーシップをとる。
  • 産官学連携本部と密に連携して大学出資事業や企業連携などを最大限に活用し、医療情報や機器開発などの事業展開を積極的に進めて、医学部附属病院の財務基盤強化を進める。
  • 教員兼任制による病院管理運営と事業推進には限界があり、専任担当者の採用などを含めて今後の体制についての抜本的な検討を始める。

IV. 施設

 大学の施設整備計画について、その資金計画を含めて検討を進め確定していく。

(1)キャンパスマスタープラン
  • コロナ禍での教訓とポストコロナ時代の想定を踏まえ、施設の安全性、機能性の向上に向け各キャンパスの既存マスタープランを再検討する。特に、最大の学生数を収容する吉田南キャンパスの整備が喫緊の課題である。
(2)創立125周年記念事業
  • (1)の事情を勘案し、当初の事業案を見直し、国際的にも魅力あるキャンパス環境に資する学生の福利厚生施設など明らかに必要性の高い施設への変更案を速やかに検討する。

V. 組織運営

 各レベルでの組織運営の責任の所在の明確化と、大学運営を担う次世代の人材育成の仕組み作りを進める。

(1)部局長の職務
  • 部局長が部局運営の一義的責任者であることを明示し、部局長の裁量性を拡大するとともに必要な全学的情報が充分に提供される仕組みを整備する。また、これに対応して、各部局には部局長の任期についての検討を促す。
(2)総長・役員会
  • 総長・役員会は教育・研究活動にかかる全学的環境整備に責任を負うが、特に全学機能組織の整備と運用、全学教員部における人事と人員配置に一義的責任を持つ。
  • プロボストは、次世代の大学運営人材の養成に充分に配慮して、戦略調整会議の構成員の選定と運営を進める。

VI. 基金活動、その他

 大学の財務基盤強化に向けて、基金活動、同窓会活動のための事務体制を充実強化する。特に今後は、法人に加え、個人を対象とする基金活動に重点を置き、海外を含む地域同窓会、保護者会やファンクラブの組織化と広報活動を強く推進する。

 

令和3年3月5日
京都大学総長
湊 長博