益川先生ノーベル物理学賞受賞祝賀会 挨拶 (2009年2月8日)

第25代総長 松本 紘

当日の様子

 京都大学総長の松本でございます。主催者を代表しまして一言ご挨拶を申し上げます。

 益川敏英先生、ノーベル物理学賞受賞、誠におめでとうございます。

 このたびのノーベル物理学賞受賞は、益川先生ご本人のみならず、ご家族・ご親族の皆様をはじめ、我が京都大学、京都府、京都市、そして日本国にとって大変名誉で喜ばしいことであり、心よりお祝い申し上げます。

 また、本日は、何かとお忙しい中、本祝賀会に、磯田文部科学省研究振興局長、小野日本学術振興会理事長、山田京都府知事、門川京都市長、Noreen駐日スウェーデン大使をはじめ、各大学長、元京都大学総長、名誉教授の先生方、そして全国から益川先生ゆかりの研究者の皆様、合わせて約300名という多くの方々のご出席をいただきました。誠にありがとうございます。ご出席いただきました皆様に厚く御礼申し上げる次第であります。

 さて、ご存知のとおり、益川先生は、本学理学部助手時代の1973(昭和48)年に、当時同じ理学部助手で現在日本学術振興会の理事をされている小林誠先生と共同で行ったCP対称性の破れの起源の研究を「小林・益川理論」として発表し、素粒子の理論で先駆的な役割を果たした研究成果として高く評価され、今回のノーベル物理学賞の受賞となりました。

 ノーベル物理学賞受賞対象となった論文のオリジナルは、受付でお配りしました冊子にも掲載させていただきましたが、6ページの英文で、行数にしましても約170行と比較的短い論文です。ノーベル賞の賞金は、1千万スウェーデンクローナです。これをノーベル物理学賞を同時受賞した南部陽一郎先生が2分の1、益川先生と小林先生が4分の1ずつ分けられますので、益川先生の手取りは、250万スウェーデンクローナとなります。現在の日本円に換算しますと、約2,750万円になります。これを先ほど論文の行数で割りますと1行当り約16万2千円になります。

 余談はさておき、私は、物理の専門家ではありませんので詳しいことはよくわかりませんが、「小林・益川理論」について少し述べますと、1960年代に物質を構成する基本の素粒子はクォークと考えられるようになりました。

当日の様子 益川・小林両先生によって1973(昭和48)年に提案された「小林・益川理論」は、自然界にクォークが3世代(6種類)存在すれば、世代間混合と呼ばれる機構を用いることによりCP非保存の現象(粒子・反粒子の間の非対称性)を説明することができるとする画期的なものでした。論文発表当時はまだ3種類のクォークの存在しか知られていない時代で、6種類のクォークの存在を必要とする「小林・益川理論」はかなり現実離れしているような印象も与えました。しかし、1974(昭和49)年には4番目のクォークであるチャーム・クォークが発見されて、自然界には何種類のクォークが存在するか多くの人々の話題に上るようになります。1975(昭和50)年には第3世代のレプトンであるτレプトンが発見され、レプトンとクォークの間の対称性から第3世代のクォークの存在が強く示唆されるようになります。このころまでには小林・益川両先生の仕事は広く世界に知られるようになり、新しいクォークの探索への強いモチベーションを与えることになります。

 この後に行われた精力的なクォーク探査の結果、1978(昭和53)年には5番目のクォーク(ボトム・クォーク)が見つかり、引き続き6番目のクォーク(トップ・クォーク)が1993(平成5)年になって発見されます。この時期には「小林・益川理論」は素粒子の標準模型の一部としてすでに確立されたものと考えられるようになりました。

 さらに21世紀に入ると日米の精密実験によって世代間混合行列の行列要素が直接に決定され「小林・益川理論」の正しさが最終的に確立されました。「自分の予想したことが実際に自然界で成り立つことが分かったことが最も感激的だった」と受賞直後のインタビューで益川先生が述べておられます。

 混合行列の測定による「小林・益川理論」の確立には、KEK(高エネルギー加速器研究機構)におけるBelle実験など日本の素粒子実験物理学が大きな役割を演じています。日米が競争で行ったb-factoryの実験に関しては後ほどKEKの山内さんからお話を頂ける予定です。

 我々のすむ宇宙は粒子ばかりから出来ていて反粒子はごく少数しか存在しません。これは宇宙の初期にほとんど同数だけあった粒子と反粒子が互いに消滅して消え去り、たまたま粒子の数が反粒子より少しだけ多かったため、消滅を免れた粒子が生き残って今の宇宙を形作ったものと考えられます。CP非保存の理論を用いて現在の宇宙を説明できるか、これからの素粒子・宇宙物理学の大きな研究課題となると考えられます。

 日本のノーベル物理学賞の受賞者は、湯川秀樹先生、朝永振一郎先生、江崎玲於奈先生、小柴昌俊先生、そしてこのたびの益川先生、小林先生、それに米国在住の南部先生を加えますと7名になります。物理学の中でも、特に素粒子物理学の分野における我が国の研究者の貢献は目覚しいものがあり、理論物理学者が革新的な理論を大胆に提唱し、実験物理学者がそれを検証することによって、世界をリードする独創的な研究成果を生み出してまいりました。これは日本人の優秀さのみならず、我が国の基礎科学の底力を世界に示すものであります。文部科学省においても、基礎科学、基礎研究の充実のための様々な施策に取り組んでいただいており、昨年11月には「基礎科学力強化懇談会」立ち上げ、益川先生も委員に就任されております。また、日本学術振興会においても、基礎科学の振興、発展に尽力いただいております。

 日本の歴代ノーベル賞受賞者15名のうち何らかの形で京都にゆかりのある方は9名にのぼります(湯川秀樹、朝永振一郎、福井謙一、利根川進、野依良治:京都大学卒業、江崎玲於奈:旧制第三高等学校卒業、田中耕一:島津製作所勤務、益川敏英、小林誠:京都大学勤務)。京都には、きっとノーベル賞受賞者を輩出する何か特別な風土、土壌があり、優秀な人を引き付ける不思議な魅力があるのだと思います。

 2002(平成14)年にノーベル化学賞を受賞されました田中耕一氏に続き、現に京都市に住んでおられ、身近な存在でもある益川先生がノーベル賞を受賞されたことは、京都市民、京都府民にとって大きな夢と希望、勇気と感動を与えるものであり、益川先生には、京都府から、1月に「京都府文化賞特別功労賞」が授与され、2月には「京都府特別栄誉賞」が授与されると伺っております。京都市においても、「京都市名誉市民」として表彰されると伺っております。このたびの益川先生のノーベル物理学賞受賞を機に京都府、京都市の益々の文化の振興・学術の進展を期待してやみません。

 最後になりましたが、益川先生ご夫妻、そして本日ご臨席いただきました皆様の今後の益々のご健勝を心より祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。

関連リンク