化石化を逆転させ、多孔性メゾ構造体の形をデザイン -高速分離でバイオエタノール精製などの効率化へ-

化石化を逆転させ、多孔性メゾ構造体の形をデザイン -高速分離でバイオエタノール精製などの効率化へ-

2012年6月25日

 北川進 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長・教授、古川修平 同准教授、ジュリアン・ルブール 同研究員らの研究グループは、ナノとマクロの間のメゾスコピック領域において、様々な多孔性構造体をデザインする全く新しい手法の開発に世界で初めて成功しました。こうして作った物質は、気体や液体の高速分離材料としての応用が期待されます。

 「化石化」は有機物でできた生き物・細胞などがその「形」を保ったまま無機物である石などに置き換わることで起こります。今回の研究では、その逆変換となる「逆化石化(無機物への有機物の導入)」を起こすことで、新しい材料を作る手法を開発しました。無機物であるアルミナを様々な構造体にあらかじめ成形しておき、その構造体の「形」を保ったまま、有機物と無機物からなる「多孔性金属錯体(PCPもしくはMOF、以下「PCP」という)」を合成するという手法です。これにより、様々なサイズの構造体を作ることが可能になりました。今回の研究では特に、メゾスコピック領域やマクロスコピック領域(1マイクロメートル以上)で孔の空いた構造体を作ることに成功し、PCPの持つ「ナノサイズ」の細孔と合わせて、ナノーメゾーマクロ領域の広範囲に及ぶ階層的な細孔を持つ材料の合成が可能になりました。さらに、この新しい多孔性構造体がバイオエタノール精製において重要な、水とエタノールの高速分離に非常に効果的であることを明らかにしました。PCPは人間の生活に欠かせない分離技術への応用が期待されている材料であり、今後この手法により様々な気体や液体の高速分離への応用が加速するものと期待されます。

 本成果はロンドン時間2012年6月24日18時(日本時間25日午前2時)に英国科学雑誌「Nature Materials(ネイチャー・マテリアルズ)」オンライン速報版で公開されました。

背景

 気体や液体の分離技術は、我々の日常生活において必要不可欠なものです。例えば、ガソリンを含めた石油由来の炭化水素の分離、大気中から二酸化炭素の分離、環境汚染物質の除去、大気・海水からの放射性物質の回収、バイオエタノール精製など、新しい分離技術の開発は我々の生活とは切り離せないものになっています。特に、蒸留などの多くのエネルギーを必要とする分離方法ではなく、分離材を用いたより省エネルギー且つ効率良く行う手法の開発が急務になっています。一般に、分離材には多孔性物質(ゼオライトや活性炭など)というナノメートルの細孔(ナノ細孔)を有した化合物が用いられており、身の回りでも使用されています(消臭剤など)。

 その中でも近年注目を集めているのが、PCPとよばれる金属イオンと有機物からなる、非常に均一なナノサイズの細孔を持つ化合物です。この化合物は、細孔のサイズや特性などを様々に変えることができるため、目的に応じた細孔の設計を行うことが可能です。一般に、PCPは金属イオンと有機配位子が勝手に組み上がる「自己集合化」と呼ばれる現象で合成され、均一なナノサイズの細孔はそれにより構築されます。この材料を実際の応用研究に用いるためには、膜状・スポンジ状など様々な「形」に成形する必要があります。しかしながら、多くの場合は数百ナノメートルから数百マイクロメートルの粒状の粉末結晶として得られるため、これを様々な「形」に成形することは非常に困難でした。特に、マイクロメートル以下の「メゾスコピック領域」でこの「形」を制御することはこれまで不可能であり、応用研究を展開するにはこの「形」の制御を克服する必要がありました。

研究内容と成果

 今回本研究グループは、PCPの見た目の「形」を自在に設計し合成する全く新しい手法の開発に成功しました。ここでは、自然界に存在する二つの地質学的現象を「自己集合化」に当てはめることで行いました。

 一つは「化学風化」とよばれる、石を溶かす地質学的プロセスです。例えば、海辺近くの石は浸食され孔が空いたような形をしています。これは土壌中に含まれる酸性有機化合物が石の表面と化学反応を起こし、少しずつ石を溶かしていった結果できあがるものです。ここで重要なポイントは、非常に安定なように見える石でも、酸性の有機化合物を用いて溶かすことができるという点です。

 もう一つは「化石化」プロセスの途中に起こる「鉱物置換」です。一般に、生き物が化石になっていく過程で、その生き物の「形」を保ったまま様々な鉱物へと変換されていきます。「鉱物置換」では、無機物である鉱物の間で化学反応が起こり様々な石へと変換されていきますが、元となる鉱物が溶け出す速度(溶出速度)と、新しい鉱物が析出する速度(析出速度)の制御がキーとなります。図1に示したように、溶出速度が析出速度よりも早い場合は元の形が維持できません。一方で、溶け出す速度よりも析出速度が速い場合は、元となる鉱物が溶けると同時に新しい鉱物が形成されるので、その元となる「形」の維持が可能です。これは今回の研究でも大きな要素になります。

 


図1:鉱物置換のプロセス(元となる鉱物の溶出速度と新しい鉱物の析出速度の制御が重要)

 

 今回の研究ではこの二つの「化学風化」「鉱物置換」のプロセスをPCPの合成に用いることにしました。すなわち、「化学風化」的に、金属酸化物(石)の表面を酸性有機化合物で溶かし、溶出した金属イオンと有機化合物の間で自己集合化させてPCPを合成します。ここで「鉱物置換」的に、金属酸化物の溶出速度とPCPの合成速度を制御することで、元となる金属酸化物の「形」を維持したまま、PCPへの変換が可能になります。本研究グループはこの手法を「逆化石化」と名付けました。有機物から無機物へと変換していく化石化プロセスとは逆に、無機物から有機物の入った金属錯体へ変換されていくからです(図2)。

 


図2:「逆化石化」法の概念図

 

 本研究では、金属酸化物としてアルミナというアルミニウムからなる酸化物を選びました。その理由は、(1)アルミナは我々の身の回りでもよく使われており安価であること、(2)様々な「形」を容易に作ることができること、(3)アルミニウムを用いたPCPが数多く知られていることが上げられます。

 「逆化石化」法がPCPの合成に利用可能かを調べるため、図3左に示すようなアルミナの蜂の巣型構造体を作りました。この蜂の巣の孔一つは約1マイクロメートルです。この構造体を、ナフタレンジカルボン酸とよばれる酸性有機化合物の溶解した水溶液中に浸漬し120度で加熱したところ、図3右に示す様に蜂の巣型構造体を維持したまま直方体状の結晶の集合体に変換されました。X線回折測定などから、これはアルミニウムとナフタレンジカルボン酸からなるPCP(図3下)であることが明らかになりました。この様に、あらかじめアルミナの構造体を形成しておくことで、メゾスコピック領域においてもPCPの「形」を制御することが可能になりました。

 


図3:「逆化石化」法により作られた多孔性金属錯体のメゾスコピック蜂の巣構造体

 

 続いて、このPCPのメゾスコピック構造体を用いた新規分離材料の合成を行いました。一般に、PCPを分離材料に用いる際は、この粒状結晶をカラムに充填します。しかしながら、PCPの細孔自体は約1ナノメートルの非常に小さな細孔であるため、圧力をかけて液体や気体を流す際に大きな逆圧力がかかり、さらに流れる速度が遅くなるため分離に相当な時間がかかることが問題点でした。そこで、数十ナノメートルから数百ナノメートルの大きな細孔のあるアルミナエアロゲルとよばれるアルミナのメゾスコピック構造体を用いて(図4左)、「逆化石化」法によりPCPのメゾスコピック構造体へと変換しました(PCPエアロゲル:図4右)。電子顕微鏡写真からもわかるように、アルミナエアロゲル特有の数百ナノメートルの細孔の形状がPCPエアロゲルにおいても維持されています。ここでは、PCPの有する1ナノメートルの細孔とさらにエアロゲルの有するより大きな細孔の相乗効果により、分離能は維持したまま高速で分離することが可能になります。

 


図4:「逆化石化」法により合成されたエアロゲル状のメゾスコピック構造体

 

 これを用いて、現在次世代エネルギーとして期待されている「バイオエタノール」の精製で要のプロセスとなる、エタノールと水の分離を行いました。水とエタノールは沸点も近く、共沸する可能性もあるため分離が困難です。私たちはナフタレンジカルボン酸の持つ疎水性に注目し、PCPの細孔にエタノールを「選択的に」取り込むことが可能であると考えました。実際に、粒状粉末結晶で分離実験を行うと、エタノールと水を分離することに成功しましたが、分離時間が40分以上かかることがわかりました。そこで、上記で作製したPCPのメゾスコピック構造体を用いて実験を行ったところ、分離能は維持したまま分離時間は15分もかからないことがわかりました。PCPの見た目の「形」を制御するだけで、大きな機能の改善につながることを、世界で初めて証明することに成功しました。

 このように、「逆化石化」法は、PCPの「形」を制御できる全く新しい手法であるのみならず、実際の応用に向けた新しい材料成形の手法になりうることを示しました。

今後の期待

 PCPは本質的に内包する非常に小さな細孔(約1ナノメートル)を用いた研究が盛んに行われていますが、実際の応用に向けた際にはその成形の困難さが課題となっていました。今回の研究で開発した「逆化石化」法により様々な「形」のPCPが合成可能となることから、膜化・スポンジ化といった形状制御が行われ、実用化に向けた研究が加速することが期待されます。

 さらにこの「逆化石化」法は本質的にアルミナ以外の金属酸化物にも応用が可能であるため、様々な金属イオンを有する多孔性金属錯体の「形」の制御が進んで行くことが期待されます。

 


左から古川准教授、北川教授、ジュリアン研究員

 

今回の研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」(研究総括:北川進)の一環として行われました。

 

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nmat3359

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/158311

"Mesoscopic architectures of porous coordination polymers fabricated by pseudomorphic replication"
Julien REBOUL, Shuhei FURUKAWA, Nao HORIKE, Manuel TSOTSALAS, Kenji HIRAI, Hiromitsu UEHARA, Mio KONDO, Nicolas LOUVAIN, Osami SAKATA, Susumu KITAGAWA
Nature Materials, DOI: 10.1038/NMAT3359

関連リンク

その他の写真や詳細については、以下のiCeMSウェブページをご覧ください。

http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/j/pr/2012/06/25-nr.html

 

  • 京都新聞(6月25日 22面)、日刊工業新聞(6月25日 17面)、毎日新聞(6月25日 3面)、科学新聞(7月6日 6面)および日経産業新聞(6月25日 11面)に掲載されました。