研究者情報
概要
京都大学大学院農学研究科の増子聖士修士課程学生、本多慎之介助教、池田俊太郎教授、滋賀医科大学動物生命科学研究センターの築山智之特任准教授らの研究グループは、マウスの胚性幹細胞(以下、ES細胞という。)が一時的に「全能性」に近い状態になったあと、そこから抜け出す(脱却する)ための鍵となる遺伝子 Pcgf5 の機能を発見しました。
私たちのからだは、受精卵というたった一つの細胞から始まります。受精卵は胎盤も含めたあらゆる細胞になれる特別な能力「全能性」をもっていますが、この能力はごく短い時間しか続かず、すぐに次の段階へと移り変わっていきます。この「全能性からの脱却」は、生命の正常な発生に欠かせない過程です。
マウスのES細胞を培養していると、その中のごく一部(約1%)の細胞が、受精直後で全能性を持つ2細胞期の胚とよく似た状態に一時的に移行することが知られており、「2細胞期様細胞(以下、2CLCという。)」と呼ばれています。これまでの研究の多くは、細胞が2CLCに「入る」仕組みに注目してきましたが、そこから「抜け出す」仕組みはほとんど分かっていませんでした。
本研究グループは、細胞が全能性の状態にあるかどうかを光の色で見分けられる特殊なES細胞を作製し、Pcgf5という遺伝子の量を人為的に増やしたり無くしたりしました。その結果、Pcgf5を増やすと、ES細胞は全能性の状態の割合が減り、逆にPcgf5を無くすと、全能性の状態の割合が増えることが分かりました。さらに、細胞を1個ずつ4日間連続で撮影する「タイムラプス撮影」により、Pcgf5の量の増減によりES細胞の「全能性の状態にとどまる時間の長さ」そのものが変化することを直接確かめました。
これらの結果は、全能性から抜け出すスピードを人の手で調節できる可能性を示しており、将来的には全能性の状態の細胞を安定して培養・維持する技術、ひいてはあらゆる細胞になれる新しいタイプの幹細胞の樹立につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年8月11日付で国際学術誌Biochemical and Biophysical Research Communicationsにオンライン公開されました。
【DOI】
https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2026.154417
【書誌情報】
Satoshi Mashiko, Shinnosuke Honda, Shuntaro Ikeda, Tomoyuki Tsukiyama (2026). Pcgf5 controls the exit from totipotency in mouse embryonic stem cells. Biochemical and Biophysical Research Communications, 833, 154417.