「赤と緑はなぜ見分けられるのか」霊長類色覚の分子構造を解明~赤・緑錐体視物質の構造を原子レベルで決定、30ナノメートルの謎に迫る~

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 ヒトを含む霊長類の色覚は、赤・緑・青の3種類の「錐体(すいたい)視物質」によって実現されています。なかでも赤と緑の視物質は、アミノ酸配列の約96%が共通しているにもかかわらず、吸収する光の波長に約30ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)という決定的な差があり、このわずかな違いが赤と緑の識別を可能にしています。しかし、この波長差を生む立体構造上のメカニズムは、色覚研究における長年の大きな謎でした。

 岩田想 医学研究科教授、野田岳志 医生物学研究所教授、杉田征彦 同准教授、今井啓雄 ヒト行動進化研究所教授、片山耕大 名古屋工業大学准教授らの国際共同研究グループは、霊長類(マカク)の赤および緑錐体視物質の「暗状態(光を受ける前の状態)」における3次元構造を、クライオ電子顕微鏡単粒子解析により世界で初めて原子レベルで決定しました。さらに量子化学計算と統合解析を行うことで、光を吸収する物質(レチナール(発色団))自体の構造は両者でほぼ同一である一方、赤錐体に特異的な3つの親水性アミノ酸残基の「配置」や「電気的な性質(双極子モーメント)」の違いにより生じる静電環境が、赤と緑の見分けを実現する決定的要因であることを明らかにしました。

 また、暗所視を担う「桿体(かんたい)視物質(ロドプシン)」との比較から、錐体視物質における膜側面の構造的空隙(横穴構造)を見いだしました。さらなる解析の結果、レチナールの「放出」と「取り込み」は、それぞれ異なる経路を通じて行われる可能性が示されました。活性化に伴う膜側面の横穴の形成自体はロドプシンでも見られますが(第一の横穴)、錐体視物質では、暗状態においてすでに「取り込み側」の経路(第二の横穴)が開いた構造をとっていることが明らかになりました。この構造的特徴により、レチナールの取り込み効率が高まり、光応答後の再生が迅速に進行することで、錐体特有の高速な視覚サイクルを支えていると考えられます。加えて、錐体視物質では暗状態でも活性型に近い柔軟な構造をとる性質も確認されました。これらは錐体特有の「高速な光応答」や「迅速な視覚再生」を支える重要な構造基盤であり、強い光にさらされる日中の環境下で、色覚機能を連続的に維持するために錐体視物質が獲得した構造的適応であると考えられます。本成果は、色覚の分子機構の理解を飛躍的に進展させるものであり、将来的な視覚疾患の病態解明や創薬研究への大きな貢献が期待されます。

 本研究は、大橋沙也佳 名古屋工業大学博士後期課程学生、神取秀樹 同特別教授、加藤英明 東京大学教授、Massimo Olivucci イタリア・シエナ大学(University of Siena)教授、小林拓也 関西医科大学教授、寿野良二 同准教授、南後恵理子 東北大学教授らとの国際共同研究として実施されました。

 本研究成果は、2026年6月25日に、国際学術誌「Science」にオンライン掲載されました。

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本研究成果の概要

研究者のコメント

「京都大学医生物学研究所のクライオ電子顕微鏡施設での試料評価と観察を通じて、本研究の一端を担うことができました。さまざまな専門性をもつ先生方との協働がこのような大きな成果につながったことを、大変嬉しく思います。」(杉田征彦、野田岳志)

「約20年前に着想した研究が、多くの方々の協力を得て実現したのは大変喜ばしいことです。現在は責任著者になった名工大の教員が、大学院に入ってすぐに共同利用研究で本学犬山キャンパスに通って実験を始めたのが、つい昨日のように思われます。よい研究をするのにはやはり数年単位ではなかなか困難で、10年単位で研究を推進することの重要性を改めて考えさせられます。」(今井啓雄)

書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1126/science.adz3996

【書誌情報】
Sayaka Ohashi, Kota Katayama, Asato Kojima, Xuchun Yang, Masahiro Fukuda, Filippo Sacchetta, Ryoji Suno, Yukihiko Sugita, Nipawan Nuemket, Suhyang Kim, Kazuhiro Kobayashi, Hiroo Imai, So Iwata, Eriko Nango, Takuya Kobayashi, Takeshi Noda, Massimo Olivucci, Hideaki E. Kato, Hideki Kandori (2026). Structural insights into spectral tuning and retinal exchange in cone visual pigments. Science, 392, 6805, eadz3996.