熱帯の泥炭地は、地下水位が高い条件で植物遺体が完全に分解されずに堆積するため、泥炭林と共存して、何千年もの年月をかけて、膨大な量の炭素を土壌有機物として地下に貯蔵してきました。この炭素貯蔵は、地球の気候を安定化させてきた生命線ともいえる巨大な資源です。しかし、近年、農地転換のための泥炭林の伐採や排水、それに伴う泥炭火災といった人間活動による撹乱が加わり、これまで貯え続けてきた炭素を排出する危機に直面しています。泥炭地の撹乱が炭素貯留に与える影響を定量的に把握することは、喫緊の課題でした。
伊藤雅之 生存圏研究所准教授、小嵐淳 日本原子力研究開発機構研究主席、安藤麻里子 同研究主幹、Kitso Kusin インドネシア・パランカラヤ大学(University of Palangka Raya)講師、平野高司 北海道大学教授らの国際共同研究グループは、インドネシアの中部カリマンタン州の熱帯泥炭地を対象に、放射性炭素年代測定法を用いて、長期的な炭素蓄積履歴を調べました。2014年に泥炭層を深さごとに採取、年代と炭素含有量を測定して、「過去から現在までに泥炭中にどれだけの炭素が蓄積・保存されてきたか」を年代軸上で定量化しました。採取地に(1)自然に近い泥炭林、(2)1996年から排水された泥炭林、(3)1996年からの排水後に繰り返し火災の影響を受けた元泥炭林を選定することで、排水や火災による炭素の消失程度を炭素年代と関連づけて評価することに成功しました。
今回の研究結果は、熱帯泥炭地の保存する炭素が、人間の活動に対して極めて脆弱であり、容易に失われやすいことを示しました。温室効果ガスによる地球温暖化の加速を食い止めるためにも、熱帯泥炭地の保全と炭素排出抑制策の確立が急務です。今後、本研究の評価手法を用いて、熱帯泥炭地の見えにくい炭素排出リスクを見える化し、科学的根拠に立脚した気候変動対策に貢献していきます。
本研究成果は、2026年5月27日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
研究者のコメント
「東南アジアに広がる熱帯泥炭湿地林は、数千年にわたり大気中のCO2を光合成により固定してきた巨大な“炭素銀行”と言えます。しかし近年の開発や火災により、蓄積した炭素が大量の温室効果ガスとして放出されています。本研究では放射性炭素年代測定法を泥炭に適用することで、残存する泥炭の炭素がいつ固定されたものかを開発の程度ごとに数値化しました。排水や火災により数百年から数千年分の炭素貯蓄が失われる実態を世界で初めて明らかにしました。」(伊藤雅之)
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41467-026-72890-y
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/301076
【書誌情報】
Jun Koarashi, Masayuki Itoh, Mariko Atarashi-Andoh, Yoko Saito-Kokubu, Makoto Matsueda, Kitso Kusin, Adi Jaya, Salampak Dohong, Takashi Hirano (2026). Progressive release of long-stored carbon from tropical peatland disturbances. Nature Communications, 17, 4369.