最近注目度が増している量子物質とは、日常的なスケールでの性質が量子力学効果から創発する物質で、超伝導体はその最たる例です。その中でも銅酸化物高温超伝導体など、標準的な理論の枠では説明できない「非従来型超伝導体」が、現代の基礎研究の中心対象です。ルテニウム酸化物で約30年前に発見された超伝導も非従来型の典型例です。長年、電子ペアが磁石のような性質を保って量子情報を電気抵抗ゼロで運べる、スピン三重項超伝導という画期的な状態が実現していると考えられてきました。ところが最近の核磁気共鳴の実験から以前の結論をくつがえす結果が明らかになったため、ほかの実験手法で検証することが重要となっていました。
松木久和 高等研究院豊田理研-京大連携拠点(TRiKUC)特定助教(現:化学研究所助教)、前野悦輝 同教授、ルステム・カサノフ パウル・シェラー研究所(PSI)博士、湯池宏介 東京大学大学院生らの研究グループは、ミュー粒子を使った磁気共鳴の実験に新しい手法を導入することで、ルテニウム酸化物Sr2RuO4の超伝導はスピン一重項で矛盾なく説明できることを確証しました。その過程で、超伝導体についてのこれまでの多くのミュー粒子実験の手法に思わぬ落とし穴があったことを明らかにしました。ミュー粒子ビームを効率よく照射するために複数の超伝導単結晶試料を並べた場合、マイスナー効果を示す隣接試料からの漏れ磁場が大きな信号を生んでいたのです。本研究によって、原子核とは相補的に、ミュー粒子を使った磁気共鳴による超伝導体の研究がさらに発展すると期待されます。
本研究成果は、2026年2月9日に、国際学術誌「フィジカル・レヴュー・レターズ」にオンライン掲載されました。
研究者のコメント
「非従来型の超伝導状態を完全に理解することは、現代の物理学でも極めて挑戦的なテーマになっています。そのよりどころとなる実験結果にも、専門家の間ですら意識されていなかった意外な技術的落とし穴がありうることを痛感しました。長年研究されてきた問題の解決には粘りと地道な努力が必要です。ルテニウム酸化物の超伝導については、残された重要な問題点が鮮明になっているので、一つ一つ解き明かして最終解決を目指します。」(前野悦輝)
【DOI】
https://doi.org/10.1103/sgcz-9rc7
【書誌情報】
Hisakazu Matsuki, Rustem Khasanov, Jonas A. Krieger, Thomas J. Hicken, Kosuke Yuchi, Jake S. Bobowski, Giordano Mattoni, Atsutoshi Ikeda, Ryutaro Okuma, Hubertus Luetkens, Yoshiteru Maeno (2026). Muon Knight Shift as a Precise Probe of the Superconducting Symmetry of Sr₂RuO₄. Physical Review Letters, 136, 6, 066001.