脳の活動には、「時間の矢」として知られる過去から未来へ向かう因果的な流れが存在し、その時間非対称性の強さは、意識の状態や認知的な負荷によって変化することが、脳画像や脳波の研究で指摘されてきました。しかし、脳の情報処理の基本単位である神経スパイク活動は、発火という離散的なイベントで構成され、刺激や行動に応じて刻々と変化するため、この時間非対称性を正確に捉えることはこれまで困難でした。
島崎秀昭 情報学研究科准教授(兼:北海道大学客員准教授)と、石原憲 北海道大学博士課程学生の研究チームは、時間変動する非定常なスパイク活動に内在する時間的な非対称性を可視化する新しい解析手法を開発しました。本手法では、時間的な非対称性の強さを熱力学的指標であるエントロピーフローを用いて表し、脳活動の不可逆なダイナミクスを直接評価できます。マウス視覚野で検証した結果、能動的にタスクに取り組んでいるマウスの脳では、受動的な場合と比べてエントロピーフローを構成する要素が特徴的に変化し、1スパイクあたりの変化が行動成績と相関することが明らかになりました。今回の成果は、脳の計算や情報処理を熱力学的指標で捉える新たな視点を提供するものです。
本研究成果は、2025年12月9日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
「私たちはこれまで、『脳の熱力学』を確立することを目指して研究を進めてきました。本研究では、これまでに積み重ねてきたスパイク時系列を扱う状態空間モデルの枠組みと、非平衡キネティック・イジングモデルに対する理論を統合することで、時間変動する非平衡スパイク活動のエントロピーフローを推定することに成功しました。第一著者の石原さんの粘り強い解析のおかげで、スパイクレベルの熱力学的指標と行動との関係を示すことができた点は、本研究の大きな成果だと感じています。」(島崎秀昭)
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41467-025-66669-w
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/298493
【書誌情報】
Ken Ishihara, Hideaki Shimazaki (2025). State-space kinetic Ising model reveals task-dependent entropy flow in sparsely active nonequilibrium neuronal dynamics. Nature Communications, 16, 10852.