体内のエネルギー需要と供給の不均衡は老化や加齢性疾患と関連しています。ミトコンドリアは生体のエネルギー通貨であるATPの供給を行いますが、老化によってミトコンドリア機能が低下し、様々な細胞や臓器でATPレベルの低下が起こります。しかし、ミトコンドリア呼吸を活性化し、低下した細胞内ATPレベルを回復させる薬剤は世界的にみてもほとんどなく、ミトコンドリア活性化薬開発は挑戦的な研究テーマのひとつです。
中臺枝里子 医生物学研究所教授は、穴田貴久 九州大学准教授、河原道治 同博士課程学生、田中賢 同教授らの研究グループと共同で、ミトコンドリアを活性化して細胞内ATPレベルを向上させ、抗老化作用を示す新物質の開発に成功しました。開発されたのは新規核酸プロドラッグで「proAX(プロアックス)」と名前を付けた化合物です。本研究チームは、このproAXが細胞エネルギー代謝活動やストレス耐性を高め、モデル生物である線虫の寿命を延ばすことを実証しました。
本研究グループは、新規核酸プロドラッグを設計・合成し、その機能評価を行いました。開発したproAXをヒト線維芽細胞に添加すると、細胞内ATP濃度が24時間以内に濃度依存的に上昇し、最大で対照の約3倍に達することが確認されました。また、proAX処理により細胞内のエネルギーセンサーであるAMPKが活性化し、脂肪酸酸化が促進されました。さらに、有害な活性酸素の発生が抑えられ、細胞の酸化ストレス耐性が向上することがわかりました。このプロドラッグを線虫に投与すると、線虫の平均寿命が24%延びることも見出しました。
本成果は、老化に伴うエネルギー代謝低下という根本課題に対処する新しい可能性を示しています。細胞のエネルギー代謝の不均衡を抑制・回復する本アプローチは、健康寿命の延伸に寄与する新たな方法となる可能性があります。本研究チームは、マウスなど哺乳類でも効果を検証し、安全性や有効性を評価していく予定です。将来的には、この技術を応用した創薬によって老化抑制や加齢疾患予防につながる製品の開発を目指します。
本研究成果は、2025年6月13日に、国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

「コロナ禍にアイデアを思い付き、ゼロから立ち上げた研究ですが、このたびようやく形にすることができました。実験に尽力してくれた大学院生の皆さん、そして共に研究を進めてくださった先生方との出会いとご協力に心より感謝申し上げます。」(穴田貴久)
【DOI】
https://doi.org/10.1021/jacs.5c06772
【書誌情報】
Takahisa Anada, Michiharu Kawahara, Taisei Shimada, Ryotaro Kuroda, Hidenori Okamura, Daiki Setoyama, Fumi Nagatsugi, Yuya Kunisaki, Eriko Kage-Nakadai, Shingo Kobayashi, Masaru Tanaka (2025). A Nucleic Acid Prodrug That Activates Mitochondrial Respiration, Promotes Stress Resilience, and Prolongs Lifespan. Journal of the American Chemical Society.