私たちの脳は約百億個もの神経細胞が複雑に結びついたネットワークによって、視覚や聴覚などの感覚情報を処理しています。しかし、ノイズ(雑音)に満ちた現実世界の中で、脳がどのように安定的かつ正確に情報を表現しているかは、神経科学における最大の謎のひとつでした。
これまで、情報表現をノイズに対して強くするために、脳は「フラクタル状態」と呼ばれる、入力に過敏な状態を避ける必要があると考えられてきました。しかし、寺前順之介 情報学研究科准教授と立川剛至 同博士課程学生の研究グループは、「Fisher情報量」と呼ばれる数理的手法を用いることで、神経ネットワークは従来の予想以上にノイズに対して頑健であり、フラクタル状態でも、安定して情報を表現できることを発見しました。さらにこの結果を用いて、最近実験的に発見された「臨界べき乗則」と呼ばれる脳の性質が、感覚情報表現とエネルギー消費の最適なバランスを達成していることも発見しました。この成果によって、エネルギー効率と情報処理精度を巧みにバランスする新しい人工知能の開発など、多様な応用が期待されます。
本研究成果は、2025年5月23日に、国際学術誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」にオンライン掲載されました。

「脳の数理モデルの計算から予想以上に美しい数式が現れた時は感動しました。私たち生物の背後にこのような予想を超える数学が潜んでいたのかと驚き、研究の楽しさと奥深さを再発見することが出来ました。」(寺前順之介)
【DOI】
https://doi.org/10.1073/pnas.2418218122
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/294312
【書誌情報】
Tsuyoshi Tatsukawa, Jun-nosuke Teramae (2025). The cortical critical power law balances energy and information in an optimal fashion. Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 122, 21, e2418218122.