霊長類の重層社会は、安定した核となる複数の群れが離合集散しながら、行動をともにする高次の集団です。重層社会はヒトを含む一部の霊長類でしか報告がありません。テングザルは、そのような重層的な社会を形成する数少ない霊長類種です。
松田一希 野生動物研究センター教授らの研究グループは、野生テングザルの行動・生態データを長年にわたり蓄積してきました。そして本研究では、マレーシアのサバ州に生息するテングザルの直接観察と、採取した糞の遺伝子解析から個体間の社会関係や血縁度等を検討しました。その結果、テングザルは霊長類では極めて珍しい、父系的な基盤を有する重層社会を形成している可能性が示唆されました。人類社会の進化史における重要な要素である「父系性」と「重層性」が、テングザルのような系統的にはヒトと遠縁の霊長類でなぜ進化したのかを理解することは、人類の社会進化を考える上での重要な手がかりとなります。
本研究成果は、2024年1月2日に、国際学術誌「Behavioral Ecology and Sociobiology」にオンライン掲載されました。
「長寿で飼育繁殖が困難な絶滅危惧霊長類の研究は、一朝一夕には成果がでません。この研究のもともとのアイデアは、2014年に採択された研究費でした。その後、様々な研究プロジェクトに参画する中で、テングザルの鼻における性選択の発見と、本研究成果である重層社会との関連性が浮かび上がりました。遠回りに思えるプロセスの中で、テングザルを、そして私たちヒトを理解するためのパズルのピースが次第に組み合わせっていくことにワクワクします。こうした地道な研究の積み重ねが誰も想像し得ない、『鼻』を明かすような面白い発見につながるのかもしれませんね。」
【DOI】
https://doi.org/10.1007/s00265-023-03419-2
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/286567
【書誌情報】
Ikki Matsuda, Tadahiro Murai, Cyril C. Grueter, Augustine Tuuga, Benoit Goossens, Henry Bernard, Nurhartini Kamalia Yahya, Pablo Orozco-terWengel, Milena Salgado-Lynn (2024). The multilevel society of proboscis monkeys with a possible patrilineal basis. Behavioral Ecology and Sociobiology, 78:5.
日本経済新聞(1月28日 26面)に掲載されました。