植物の新たな干ばつストレス応答機構を発見―「見えない干ばつ」を克服し、作物の大幅増収への道を切り拓く―

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 安井康夫 農学研究科助教、水野信之 同特定研究員(現:農業・食品産業技術総合研究機構主任研究員)および国際農林水産業研究センター、名古屋大学、理化学研究所、東京大学、農業・食品産業技術総合研究機構の研究グループは、葉のしおれが見られない程度の極めて初期の干ばつにおいて、植物体内のリン酸量が低下し、リン酸欠乏応答が起こることを世界で初めて発見しました。

 温度異常、塩害、病虫害などのさまざまな環境要因の中で、干ばつは作物生産に最も深刻なダメージを与える環境ストレスです。枯れてしまうような目に見える干ばつによる被害だけでなく、葉がしおれない軽度の干ばつであっても、収量が半減するほどの甚大な被害をもたらします。しかし、このような「見えない干ばつ」に対して、実際の畑で植物がどのように応答しているのかについては、畑の環境が複雑に変化するだけでなく、十分な雨が降ると干ばつ試験を行うことができないため、これまで解明されていませんでした。

 そこで研究グループは、軽度の干ばつを人為的に安定して誘導するため、これまで干ばつ研究では利用例がなかった、水はけを良くすることを目的として畑の土を盛り上げる「畝(うね)」を利用した実験系を開発しました。さらに、畑での6年間の実証試験を通して、毎年変わる環境条件下においても、畝により干ばつを安定して誘導することに成功しました。この実験系を用いた畑のダイズの網羅的解析から、これまでわかっていたアブシシン酸(ABA)の応答が起こる前の、葉がしおれないレベルの初期の干ばつにおいて、植物のリン酸量が低下し、リン酸欠乏応答が起こることを突き止めました。また、実験室におけるシロイヌナズナを用いた解析から、リン酸欠乏応答に関わる鍵遺伝子が、干ばつ初期の植物の生育に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

 本研究の成果により、干ばつ初期の「見えない干ばつ」に対する植物の応答レベルを定量的に検知することが可能になりました。それにより、作物収量が干ばつによる影響を受ける前に、水分供給を最適化できる画期的な技術の開発への道が切り拓かれました。このように、本研究における畝を用いた干ばつ実験系の開発および「見えない干ばつ」を捉える指標としてのリン酸欠乏応答の発見は、将来の食料安全保障の改善に貢献することが期待されます。

 本研究成果は、2023年8月19日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

文章を入れてください
畝を用いて畑で干ばつストレスを人為的に誘導することが可能に
高さ30cmの畝を用いることにより、畝区では土壌水分が通常区よりも減少し、ダイズの生育や収量が顕著に低下します。
研究者情報
書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41467-023-40773-1

【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/285343

【書誌情報】
Yukari Nagatoshi, Kenta Ikazaki, Yasufumi Kobayashi, Nobuyuki Mizuno, Ryohei Sugita, Yumiko Takebayashi, Mikiko Kojima, Hitoshi Sakakibara, Natsuko I. Kobayashi, Keitaro Tanoi, Kenichiro Fujii, Junya Baba, Eri Ogiso-Tanaka, Masao Ishimoto, Yasuo Yasui, Tetsuji Oya, Yasunari Fujita (2023). Phosphate starvation response precedes abscisic acid response under progressive mild drought in plants. Nature Communications, 14:5047.