がんの個別化医療を可能にする患者がん由来の鶏卵モデル

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玉野井冬彦 高等研究院物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)特定教授は、鶏卵の中にヒトの患者由来の卵巣がんを再現することに成功しました。これにより、患者のがんに最適な薬を短期間かつ安価に探すことが可能になります。さらに、この卵巣がん鶏卵モデルに、新開発のナノ粒子「B-PMO」を使って抗がん剤を投与し、このナノ粒子が抗がん剤の副作用を軽減する役割を果たすことも確認しました。

本研究成果は、2018年6月4日に、英国の科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

玉野井特定教授

患者がん由来の鶏卵モデルは今後さらに検討が進むと思います。今回の研究では卵巣がんを使いましたが、他のがん、例えば大腸がん、肺がんなどでもモデルができるのか検討が必要です。この点を研究するために本学のバイオリソースセンターとの共同研究を開始しました。今後、患者がん由来の鶏卵モデルを使い、個別医療が可能であるか、検討したいと思います。

また、私たちが開発した「B-PMO」は高いがん蓄積能を持っているという点で、既存のナノ粒子と比べ卓越した利点を持っています。高いがん蓄積能を可能にしているナノ粒子の特徴を現在研究しているところです。ヒントは得られているのですが、さらなる研究が必要です。

本研究成果のポイント

  • 卵巣がん患者のがんを鶏卵の中で再現することに成功し、患者由来のがんモデルとしての有効性を示した。
  • がんの鶏卵モデルはヒトのがんの解析に有効であること、新規のがん治療法の開発にも大変役に立つ系であることがわかった。
  • がんの鶏卵モデルを用いて、私たちが開発した新規ナノ粒子が選択的にがんに集まること、またこのナノ粒子に抗がん剤の副作用を抑える効果があることが明らかになった。

概要

がんは、同じ種類のがんでも個々の患者やそのステージによってその性質に違いがあります。そのため、十分な効果を期待するためには、それぞれの患者に適した抗がん剤を個別に選択する必要があると考えられますが、現在のがん治療では、同じ種類のがんに対しては同様な抗がん剤が使われることが一般的です。

本研究では、鶏の有精卵の殻に穴を開け、胚を取り巻く「漿尿膜」上に細かく砕いたヒト卵巣がんを乗せると、3〜4日後には同じ特徴を保持したがんが鶏卵内に再現されました。マウスでのがんの再現には数週間を要することを考えると、大きな短期化です。この鶏卵モデルを使えば、実際の患者のがんを再現して、そのがんに最適な薬を探すことが、1週間ほどで、安価でできるようになります。

また、本研究グループは、この鶏卵モデルに自らが開発した多孔性(無数の細孔をもつ)ナノ粒子「B-PMO」を使って抗がん剤を投与する実験を行いました。その結果、B-PMOががんにだけ選択的に集まって蓄積したために、周囲の臓器に影響を与えず、抗がん剤の副作用を最小限に抑えるために役立ったということがわかりました。

このように、本研究では、卵巣がん鶏卵モデルとナノ粒子B-PMOの2つの有効性が確認されました。鶏卵モデルは、更なる研究により個別医療の実現に役立つ可能性が期待されます。また、ナノ粒子B-PMOについては、今後、副作用の少ない抗がん剤治療に役立つことや、その高いがん蓄積能のメカニズムを検証することで、更に高いがん蓄積能を持つ粒子の開発に役立つことが期待されます。

図:本モデルのイメージ図

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-018-25573-8

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/231401

Binh Thanh Vu, Sophia Allaf Shahin, Jonas Croissant, Yevhen Fatieiev, Kotaro Matsumoto, Tan Le-Hoang Doan, Tammy Yik, Shirleen Simargi, Altagracia Conteras, Laura Ratliff, Chiara Mauriello Jimenez, Laurence Raehm, Niveen Khashab, Jean-Olivier Durand, Carlotta Glackin, Fuyuhiko Tamanoi (2018). Chick chorioallantoic membrane assay as an in vivo model to study the effect of nanoparticle-based anticancer drugs in ovarian cancer. Scientific Reports, 8, 8524.

    • 朝日新聞(6月5日 30面)、産経新聞(6月5日 24面)、日本経済新聞(6月5日 38面)、毎日新聞(6月5日 26面)および読売新聞(6月29日 9面)に掲載されました。