金属分野の常識を打ち破る、単結晶成長メカニズムを解明 -形状記憶合金の量産プロセス開発で耐震分野の実用化に道筋-

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公開日

荒木慶一 工学研究科准教授、大森俊洋 東北大学准教授、貝沼亮介 同教授、喜瀬純男 株式会社古河テクノマテリアル課長らの研究グループは、銅を主成分とする形状記憶合金の単結晶部材が量産できる製造プロセスを開発しました。

本研究成果は、2017年8月25日午後6時に英国の科学誌「Nature Communications」(電子版)で公開されました。

研究者からのコメント

実用面では、単結晶形状記憶合金部材の製造に要するコストが数百分から数十分の1と、飛躍的に低減できます。また、部材を単結晶化することで、変形回復や疲労などの特性を数倍から数十倍に向上でき、建物の耐震性を高める特殊部材(鉄筋の一部を代替)としての実用化に道筋がつきました。

本研究成果のポイント

  • 単純な熱処理で金属の結晶粒が急激に成長する現象のメカニズムを解明
  • 解明したメカニズムを基に、単結晶形状記憶合金の量産プロセスを開発
  • 建物の耐震性を高める形状記憶合金部材の実用化に道筋

概要

1994年に米ロサンゼルスで大きな被害を出したノースリッジ地震や、阪神・淡路大震災を引き起こした1995年の兵庫県南部地震では、震度7の極めて強い揺れで高速道路や多くのビルが倒壊しました。また、倒壊しなかった多くの建物が、地震後に損傷や傾きのために取り壊され、取り壊しを免れた建物も補修に多大な時間とコストがかかりました。そのため、これらの地震と同程度の揺れが複数回起きても損傷や変形が残らず、地震直後に利用を再開できる建物の開発が切望されています。そのような中で、大きな変形でもすぐに形が元に戻る「超弾性」を有する形状記憶合金を、地震時に変形が集中する部位で鉄筋の代わりに使おうとする試みが、米国を中心に研究されています。

形状記憶合金には様々な種類があります。現在最も生産量が多く、カテーテルや歯列矯正ワイヤーなど医療分野で広く利用されているニッケル-チタン形状記憶合金では、建物の耐震性向上に用いる特殊部材(直径が数センチ、長さ数十センチの部材)で良好な超弾性特性の実現は難しく、また実現できたとしても部材コストが非常に高価になります。そのため、ニッケル-チタン形状記憶合金と同等以上の超弾性特性を現実的なコストで実現できる、新しい形状記憶合金部材の量産技術の開発が切望されていました。

本研究グループは、貝沼教授らが1990年代に開発した銅を主成分とする「銅-アルミ-マンガン形状記憶合金(以下、銅系形状記憶合金)」を建物の耐震性を高める特殊部材として用いるため、2006年から研究開発を続けてきました。銅系形状記憶合金は,部材全体が一つの結晶粒(=単結晶)の時に最も優れた超弾性特性を示すことが知られています。また、これまでの研究から、結晶粒の境目は破壊の起点となるため、大地震時の多数回の変形に耐えるには、部材の単結晶化が必要不可欠だと分かりました。

通常、金属の結晶粒は大きくとも1ミリ程度で、建物の耐震化で要求される直径が数センチ、長さ数十センチの特殊部材を単結晶化するには、製造コストが非常に大きくなるというのが従来の金属学の常識でした。また本研究グループも数年前までは、単結晶形状記憶合金部材を量産するのは実質上不可能と考えており、銅系形状記憶合金の超弾性特性や疲労特性の改善に向け、単結晶化とは異なる方法を模索していました。

この状況下で本研究グループは、銅系形状記憶合金において高温からの冷却と加熱を繰り返すサイクル熱処理で生じる、異常粒成長現象のメカニズムを解明しました。またその知見を基に、銅系形状記憶合金の単結晶部材を製造する熱処理プロセスを開発しました。これは、単純な熱処理のみからなるプロセスで量産に適した技術です。これまでに直径1.5センチ、長さ70センチの単結晶棒材の製造を実証し、この棒材が優れた超弾性特性を示すことを確認しました。異常粒成長現象のメカニズムで最も興味深いのは、部材の直径が大きいほど結晶粒が成長しやすい点です。これは、直径が大きいほど単結晶化しやすいことを意味し、学術的にも実用的にも、従来の常識を大きく覆す発見です。

図:異常粒成長により一つの結晶粒が粗大化する様子(白点線は各結晶粒の境界)

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41467-017-00383-0

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/226918

Tomoe Kusama, Toshihiro Omori, Takashi Saito, Sumio Kise, Toyonobu Tanaka, Yoshikazu Araki & Ryosuke Kainuma (2017). Ultra-large single crystals by abnormal grain growth. Nature Communications, 8, 354.

  • 鉄鋼新聞(8月29日 4面)に掲載されました。