がん細胞が免疫から逃れるメカニズムの解明-免疫チェックポイント阻害剤の効果予測への応用に期待-

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小川誠司 医学研究科腫瘍生物学教授、片岡圭亮 同特定助教、宮野悟 東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター教授、白石友一 同助教、瀬谷司 北海道大学大学院医学研究科免疫学教授、松本美佐子 同客員教授らの研究グループは、33種類の主要ながん種を含む1万例を超えるがん試料のゲノム解析データについて、スーパーコンピュータを用いた大規模な遺伝子解析を通じて、がん細胞が免疫監視を回避する新たなメカニズムを解明することに成功しました。

本研究成果は、2016年5月23日付で英国の科学誌「Nature」電子版にて公開されました。

研究者からのコメント

左から小川教授、片岡助教、宮野教授、勢谷教授

本研究の成果は、がん細胞が免疫から逃れる新たな遺伝学的なメカニズムを解明したのみならず、ゲノム異常が免疫チェックポイント阻害剤の効果予測の診断マーカーとして 応用できる可能性が期待されます。

概要

生体には、本来、細胞ががん化した際に、これを排除する免疫のしくみが備わっていることが以前から知られており、その仕組みの破綻ががんの発症に大変重要な役割を担っていることが、近年の精力的な研究によって明らかにされつつあります。

こうした研究によれば、がん細胞は、しばしば、「免疫チェックポイント」と呼ばれる分子を活性化することによって、免疫システムの監視から巧妙に逃れていると考えられます。このことは、代表的な免疫チェックポイント分子であるPD‐1やPD‐L1といった分子を標的として最近開発された阻害抗体が、さまざまながん種において(しばしば末期のがんに対してさえ)、顕著な臨床効果を示すことによっても強く支持されます。

しかし、こうしたがん免疫からの回避に際して、がん細胞が、いったいどのようにしてこの免疫チェックポイント分子を活性化するのかについては、十分理解されていませんでした。また、極めて高額な医療費が必要とされる免疫チェックポイント阻害抗体を用いた治療については、その治療効果を正確に予測し効果の期待される症例に選択的に治療を行うためのバイオマーカーの開発が望まれていますが、現時点で臨床的に有用なバイオマーカーは見出されていません。

本研究は、非常に悪性度が高く日本に多い血液がんである、成人T細胞白血病リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma: ATL)をはじめとするさまざまな種類のがんで共通に認められる「3′非翻訳領域」と呼ばれる、蛋白質に翻訳されない遺伝子の末端部分に生ずる、欠失や部分的な配列の逆転(逆位)、他の遺伝子領域との異常な結合(転座)の異常によって、免疫チェックポイント分子であるPD‐L1の発現異常が生ずる結果、がん細胞が生体に本来備わっているがんに対する免疫監視を回避して、がんの発症に関わることを世界で初めて明らかにしました。

本研究の意義は、次の3点に集約されます。

  1. 新たにがん細胞が免疫を逃れるメカニズムの一端が解明されたこと
  2. がんの免疫回避に重要な役割を担うPD‐L1遺伝子の発現制御に関わる、これまでに知られていなかった重要なメカニズムが解明されたこと、従って、本異常以外のメカニズムによって免疫の回避が起こる仕組みの理解に大きく貢献すること
  3. 本異常が、抗PD‐1抗体や抗PD‐L1抗体による免疫チェックポイント阻害が治療上、特に有用と思われる患者さんを見出すための有用なマーカーとなる可能性があること

図:がん細胞の免疫回避の仕組みとPD-L1ゲノム異常の役割

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/nature18294

Keisuke Kataoka, Yuichi Shiraishi, Yohei Takeda, Seiji Sakata, Misako Matsumoto, Seiji Nagano, Takuya Maeda, Yasunobu Nagata, Akira Kitanaka, Seiya Mizuno, Hiroko Tanaka, Kenichi Chiba, Satoshi Ito, Yosaku Watatani, Nobuyuki Kakiuchi, Hiromichi Suzuki, Tetsuichi Yoshizato, Kenichi Yoshida, Masashi Sanada, Hidehiro Itonaga, Yoshitaka Imaizumi, Yasushi Totoki, Wataru Munakata, Hiromi Nakamura, Natsuko Hama, Kotaro Shide, Yoko Kubuki, Tomonori Hidaka, Takuro Kameda, Kyoko Masuda, Nagahiro Minato, Koichi Kashiwase, Koji Izutsu, Akifumi Takaori-Kondo, Yasushi Miyazaki, Satoru Takahashi, Tatsuhiro Shibata, Hiroshi Kawamoto, Yoshiki Akatsuka, Kazuya Shimoda, Kengo Takeuchi, Tsukasa Seya, Satoru Miyano & Seishi Ogawa. (2016). Aberrant PD-L1 expression through 3′-UTR disruption in multiple cancers. Nature.

  • 朝日新聞(5月24日 3面)、京都新聞(5月24日 28面)、産経新聞(5月24日 24面)、中日新聞(5月24日 3面)、日刊工業新聞(5月24日 25面)、日本経済新聞(5月24日 34面)、毎日新聞(5月24日 28面)に掲載されました。