鯨類の化学感覚能力の一端を解明

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岸田拓士 野生動物研究センター特定助教、今井啓雄 霊長類研究所准教授、早川卓志 理学研究科大学院生および阿形清和 同教授らの研究グループは、ヒゲクジラ類の嗅球の形状を組織学および比較ゲノム学の両面から調査した結果、ヒゲクジラ類の嗅球には背側の領域が存在しないことを示しました。また、化石標本を検討した結果、こうした嗅覚能力の変化は、鯨類の祖先が陸上から水中へと生活の場を移す過程で起きたことが示されました。

本研究成果は、日本動物学会の「Zoological Letters」誌に2015年2月13日付で掲載されました。

研究者からのコメント

左から、阿形教授、岸田特定助教

海洋性哺乳類であるクジラ類は、今からおよそ5千万年前の始新世に陸から海へと生活の場を移しました。その移行の過程は化石によって詳細に記録されており、新環境への適応進化を理解する上で欠かすことのできない生物となっています。

本研究では、クジラ類の脳の嗅球(嗅覚情報が投射される領域)が他の哺乳類と比べて奇妙な形状をしていることに気付いたことからスタートしました。ある変異マウスの嗅球が、クジラ類のそれにそっくりであることに気付いたことが、本研究最大のブレイクスルーでした。化石には、海洋環境適応に伴って嗅球の形状が変化した痕跡がはっきりと残されていました。

概要

鯨類(クジラ目)はウシやカバなどの偶蹄目から派生した海洋性の哺乳類であり、全ての現生種はイルカやマッコウクジラなどの歯を持つハクジラ亜目と、ミンククジラなどのヒゲ板でプランクトンを濾過して食べるヒゲクジラ亜目の二つの亜目に分類されます。陸上哺乳類にとって嗅覚は生存上とても大切な感覚能力の一つですが、海洋性の鯨類では嗅覚能力はほとんど失われていると、従来は考えられてきました。実際、ハクジラ類は嗅球など嗅覚に必要な神経系を持ちません。しかしヒゲクジラ類は、著しく退化しているものの、嗅覚に必要な全ての神経系を備えており、私たちと同じく空気中に揮発している化学物質をニオイとして識別できることを、以前に報告しました。では、ヒゲクジラ類の嗅覚能力は陸上哺乳類のそれと比べてどのような点が退化しているのでしょうか。残念ながら、ヒゲクジラ類は現在の技術をもってしても人類が飼育できない唯一の哺乳類グループであり、このため行動実験などに基づいてこうした疑問点を調べることができません。

そこで本研究では、ヒゲクジラ類の嗅球の形状を組織学および比較ゲノム学の両面から調べました。その結果、ヒゲクジラ類の嗅球には背側の領域が存在しないことが示されました。嗅球の背側領域を人為的に除去した変異マウスは、天敵や腐敗物のニオイに対する先天的な忌避行動を示さないことが報告されています。ヒゲクジラ類も、進化の過程でこうした忌避行動につながる嗅覚能力を失った可能性が示唆されました。また、全ての現生鯨類は、甘味やうま味、苦味を感知するための遺伝子を失っていることが解明されました。


図:本研究結果の要約(Kishida et al. 2015を改変)

詳しい研究内容について

鯨類の化学感覚能力の一端を解明

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1186/s40851-014-0002-z

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/195992

Takushi Kishida, JGM Thewissen, Takashi Hayakawa, Hiroo Imai and Kiyokazu Agata
"Aquatic adaptation and the evolution of smell and taste in whales"
Zoological Letters 1: 9 Published: 13 February 2015

掲載情報

  • 朝日新聞(4月3日 3面)および読売新聞(3月16日 14面)に掲載されました。