平成26年度博士学位授与式 式辞 (2014年9月24日)

第25代総長 松本 紘

松本総長 本日、博士の学位を授与される229名の皆さん、おめでとうございます。その中には65名の女性と70名の留学生が含まれています。京都大学の博士号取得者は累計41,145名になりました。列席の副学長、研究科長、教育部長をはじめとする教職員一同、皆さんの学位取得を心よりお祝い申し上げます。

 学位を授与される皆さんのご家族、ご友人、関係者の皆様には、秋の蒼空(そうくう)のようなすがすがしい気持ちでこの学位授与式にご臨席いただいているものと存じます。学位を授かる皆さんが今日を迎えられたのは長年にわたって支えてくださった皆様のおかげです。私たち教職員一同も、ここに至るまでの皆様方のさまざまなご苦労やご支援に対して篤く御礼を申し上げ、今日の喜びをともに分かち合わせていただきます。

 学位を授与される皆さんは、日々の研鑽を通じ鍛え上げてきた自らを信じ、幾多の苦難を乗り越え、大学院において専門を修め、その専門において自樹自立できる力を京都大学博士の学位の授与という形で世に認められることとなりました。皆さんのうちでもとりわけ留学生の諸君は、言語や習慣の異なる異国で最先端の学を修めるということは並大抵の努力でできることではなかったでしょう。私は皆さんの長年にわたる研鑽を大いに称えたいと思います。
 ただし、誤解しないでください。称えられるべきは学位論文そのものだけではありません。学位論文の成果は月日と共に陳腐化していくかもしれませんが、それは悔やむべきことではありません。重要なことはここに至る過程です。つまり、課題を見つけ、目標を定めて、研究を遂行し、その目標まで到達したその道程こそが、かけがえのない経験だったのです。まさにフロンティアの開拓に皆さんは第一歩を踏み出したといえるでしょう。敷かれたレールの上を走るのではなく、レールなき知のフロンティアを開拓しながら進む過程を、持てる才能をフルに発揮し、皆さんは見事経てきたのです。さて、これからどうすべきでしょうか。自らが敷きえたレールをそのまま延長するにとどまらず、その過程で身に付けた開拓力こそが学位の本当の意味するものです。新しいことにぶつかって、悪戦苦闘しながら、障害を次々と乗り越え、成果を得る、その能力を対象を限定せずにこれからの人生で広く応用していただきたいと思います。それは、これから研究職に就く人も研究職を離れて社会のリーダーとして活躍しようと思っている人についても同じです。あなた方が得た学位はそのフロンティア開拓の過程を見事にやり遂げた才能と努力の証しとなるものです。

 皆さんに今日ぜひ心に留めておいてほしい言葉があります。唐宋八大家の一人、蘇洵(そじゅん)の「管仲論」に出てくる言葉です。

「夫(そ)れ功の成るは、成るの日に成るに非ず。蓋(けだ)し必ず由(よ)って起こる所有り。」

つまり、成功は、その日一日で成し遂げられたわけではなく、それまでの積み重ねがあってこそはじめて実現します。さらに続けて。

「禍の作(お)こるは、作(お)こるの日に作(お)こらず。亦(また)必ず由(よ)って兆す所有り。」

一方、禍も突然起こるのではなく、注意していればその兆しがみえるものだというのです。

 蘇洵の言葉からは、他人の成功を羨まず、成功者がそれまで積み上げてきた努力に敬意を払い、ともに祝う余裕を持つべしということが読み取れます。また、我が身においては、自分の志を高く持ち、目標を定めて、必ずやるという信念で進み、成功に向けての傾注が必要であることを教えられます。一方、これからの長い人生、うまくいかない時もあります。あるいは世の中がうまくいっていないことを痛切に感じる時もあるでしょう。その時、禍が突然降りかかったと嘆いたり、起こってしまってから後知恵で批評するのではなく、必ず兆しがどこかにあったはずなのに見つけられなかったと反省することが重要です。さらに、社会にとっての大きな禍の兆しを敏感に見つけることこそが、これからのリーダーの備えるべき資質の一つであろうかとも思います。

 今後、世界はますます小さくなります。皆さんのなかには、日本が窮屈に感じる人もいるでしょう。狭い日本に閉じ籠もらないで、世界に雄飛してほしいと思います。その際に注意しておくべきことがあります。文明や文化の熟度に応じ、人々の交際は洗練され、他人への配慮も細やかなものとなり、洋の東西を問わず、間接表現は豊かになっていきます。例えば、日本語では、嫉妬の感情は、恨み、辛み、妬(ねた)み、やっかみ、嫌味、嫉み、焼きもちなど多数表現し分けることが可能です。英語にも、jealousy、envy、covetousness、resentment、discontent、spite、grudge、green-eyedなどさまざまな表現があります。一方、インターネットの世界では、「いいね!」があらゆる場所を跋扈(ばっこ)し、単純を旨とする割り切りが大いに力を得ている状況にも出会います。このような両極端にも見える状況においてもみなさんは、しなる木のように柔軟に人と接し、他人の気持ちを汲んで、花を咲かせるすべを身に付けてほしいと願います。この一種のデリカシーもこれからのリーダーの要件です。

 皆さんと京都大学との縁(えにし)は、同窓会や生涯の学びを通じてこれからも続きます。京都大学は皆さん一人一人の人生を支える確かな基軸となるべきであると私は考えてきました。一方で、皆さんも母校を温かく見守り、さまざまなご支援をお願いします。とりわけ、留学生の皆さんには、母国に帰られ、海外に23ある地域同窓会組織を通じて、京都大学や日本と母国を結ぶ「人の架け橋」として活躍されている先輩の後に続いてください。そして、京都大学、ひいては日本との絆を一層太くかつ強くしてくださることを大いに期待しています。

 最後に、今日は私の総長としての最後の学位授与式になります。6年間にわたり一心不乱に職務に打ち込んできたつもりです。その間、多くの方々にお会いし、楽しく仕事ができました。とりわけ高い志を胸に社会に飛び出す皆さんに今日のように䬻(はなむけ)の言葉を贈れることは私の最も喜びとするところでした。京都大学は素晴らしい大学であったと誇らしく思っています。諸君の今後の健闘を祈ります。

 本日は誠におめでとうございます。

会場の様子

関連リンク

博士学位授与式を挙行しました。(2014年9月24日)