第11回情報学シンポジウム「文化とコンピューティング」 挨拶 (2010年2月22日)

第25代総長 松本 紘

松本総長 本日から始まった「文化とコンピューティング」国際会議に参加された皆様方に、京都大学を代表し歓迎の意を表したく存じます。先程は、情報学研究科長から「情報学シンポジウム」の説明がありましたので、私は、文化とコンピューティングとの関わりを幾つかに分類して、多様なイベントからなる「文化とコンピューティング国際会議」全体を横断的に概観したいと思います。

 文化とコンピューティングの関わりの第一は、情報学の成果を用いて文化財をデジタル化して保存する活動でしょう。この後にお話しになる国会図書館長の長尾真先生のご講演に加え、本学の松山隆司教授による無形文化財のアーカイブ、龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター岡田至弘(よしひろ)先生による障壁画や絹本・古文書の復元に関わるご研究、京都デジタルアーカイブ事業の二条城二の丸御殿障壁画のデジタル画像などが展示されています。

 文化とコンピューティングの第二の関わりは、情報学が人文学を広く支える活動で「デジタル・ヒューマニティーズ」と呼ばれています。コンピューティングはその生い立ちから科学技術計算を中心に用いられ、物理、化学、生命科学、医学、農学など、広い範囲の自然科学に貢献してきました。昨今のヒューマンインタフェースの進歩、Webによる情報共有の仕組みによって、ようやく人文学に貢献する段階にまで来たのでしょう。この国際会議では、立命館大学グローバルCOE「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点」の赤間亮(りょう)先生と英国Leeds(リーズ)大学名誉教授のEllis Tinios(エリス・ティニオス)先生のジョイントトークが本日行われます。情報処理学会 人文科学とコンピュータ研究会、大蔵経テキストデータベース研究会などの研究会も開催されます。また、本学文学研究科林晋教授のグループによる歴史学のための文献資料研究ツールも展示されています。

 文化とコンピューティングの第三の関わりは、コンピューティングを用いて新たな文化を生み出す活動です。いままで定量化できなかった文化の本質を、インタラクティブに表現する手法は「カルチュラルコンピューティング」と呼ばれ、本学の土佐尚子教授が推進しています。シンガポール国立大学の中津良平先生とのジョイントトークも予定されています。興味深いのは、明日のパネル「京都の職人・神主とのカルチュラルコンピューティング」で、京都嵐山吉兆総料理長の徳岡邦夫さんを始め、様々な才能をお持ちの方々と情報学の研究者との対話が予定されています。また、市民団体である京都仏教文化フォーラムは、京都府の助成を受けて、シンポジウム「仏教文化とコンピューティング」を計画されています。仏教文化にイノベーションを起こそうとする宗派を超えた僧侶の皆さまによるシンポジウムは、京都大学の研究者の発想をも超えるもので魅力を感じます。

 文化とコンピューティングの第四の関わりは、コンピューティングの世界に新たに生まれつつある文化に関するものです。明日の湯浅太一教授の基調講演は、ソフトウェアに内在する文化についてのものですし、その後に予定されているジョイントトーク「Webメディアとeカルチャ」では、本学の田中克己教授と欧州のWebアーカイブの代表であるJulien Masanes(ジュリアン マサネス)博士がWebによって生まれる新たな文化を紹介します。

 文化とコンピューティングの第五の関わりは、多文化共生に寄与する活動です。今日、予定されているジョイントトーク「異文化コラボレーション」では、米国のLewis Johnson(ルイス ジョンソン)博士による3次元仮想空間での異文化体験と、本学の石田亨教授によって開発中のインターネット上の多言語基盤「言語グリッド」が紹介されます。 ところでJohnson博士は自らも15言語を話されるそうですので、まさに異文化コミュニケーションのプロであると言えるでしょう。また、電子情報通信学会の研究会でも「言語グリッドと異文化コラボレーション」が議論されています。

 ところで、本日、NPO法人「多文化共生センターきょうと」がシンポジウム「医療の多言語支援」を実施されていますが、NPOと大学の協力関係も進んでいるようです。このNPOは、外国人が京都市内の病院で診察を受けるときに、ボランティア通訳を派遣されています。年間に1,300回以上出動するとのことです。通訳不足を解消しようと、和歌山大学の吉野孝准教授や言語グリッドチームの協力を得て、多言語の病院受付システムを開発されました。現在、京都市立病院や京都大学医学部附属病院にも試験的に導入されています。こうした努力が評価され、平成21年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰を首相官邸で受けられました。NPOと大学の協力が実を結び始めている証左でしょう。

 このように、本国際会議は、京都大学、立命館大学の教員、研究者を中心に企画されましたが、学会や市民団体の参加を得るなどの広がりを見せています。また、国際会議を機に、こうした連携を持続するためのWeb上の研究所「文化とコンピューティングバーチャルラボ」の展示も行われています。このバーチャルラボは、情報学研究科と財団法人京都高度技術研究所、京都リサーチパーク株式会社が共同で開発しています。この2日間、会議に参加された皆様方の交流により様々な連携が生まれ、新しい研究と活動が育っていくことを期待します。