新年にあたって (2009年1月5日)

第25代総長 松本 紘

松本総長 新年あけましておめでとうございます。
 皆様方とともに、新しい年を迎えることができ大変うれしく思います。

 昨年10月の新体制発足以来、早くも3ヶ月が経過しました。いつの間にか秋から冬へと時が過ぎ、「ただ過ぎに、過ぐるもの、春夏秋冬」と詠んだ清少納言の言葉が身にしみます。私の総長としての任期の6年、すなわちおよそ2200日のうち約4%の時間がすでに過ぎたことになります。この刹那ともいえる期間に、オックスフォード大学、パリ研究院、中国の復旦大学、台湾大学などを訪れたほか、ストックホルムでの益川先生・小林先生のノーベル賞受賞式という晴れの舞台に陪席する機会を得られましたことは、この上もなく光栄な出来事でした。ノーベル賞に限らず、研究および教育の世界には様々な栄誉がありますが、今後も途切れることなくこれらの栄誉に浴する方々を京都大学が輩出しつづけていくことを総長として期待しております。

 さて、総長就任式での挨拶でも述べましたように、大学を取り巻く環境の変化は激しく、それへの対応や10年後を見据えた大学の改革など多くの課題を京都大学は抱えており、これまでの3ヶ月はその課題解決の準備に追われました。本年は実行の年であり、課題解決のための施策を具体的に実施してゆくことが重要です。
  昨年後半には、世界経済が大きな嵐に見舞われ、米国のサブプライムローンに端を発した金融危機は多極的、複層的に絡んだ世界に甚大な影響を与え、「ハケン」という言葉が米国の覇権主義や「派遣社員問題」などで頻繁に用いられるなど、社会情勢の大きな変化が雪崩を打つように起こり始めました。パックスアメリカーナの終焉を暗示しています。米国一極支配から多極構造への脱皮、お金万能の世界観の転換期とも受け取れるでしょう。行き過ぎた自由市場経済は過度の競争をあおり、自制心を失ったマネーゲームと化し、競争原理が行き過ぎて正当化され、大学にまで押し寄せています。適度な競争は歓迎すべきですが、本来社会の基軸となるべき大学の機能が失われないよう、大学自身も社会も政府も考え直し、大きく出直しを図る時ではないでしょうか。

  本年は十干、十二支では「己丑(キチュウ)の年」に当たります。
  十干の「己(キ)、ツチノト」は河西善三郎氏の解説によれば、先の曲がった梢の先の芽が伸び、起き上がってくることから新しいことが起きることを意味する「起」とも、曲がりくねった糸の端を表す「紀」にあたるとも言われています。後者は「乱れた糸をほぐし、糸筋を正し、乱れを正す年」を意味するそうであります。
  一方、十二支の「丑(ウシ、チュウ)」は右腕を伸ばす形からきており、これも芽が曲がりつつも伸びようとする様を表しているそうであります。従って「己丑、ツチノト、ウシ」に当たる今年は、まさに混沌、混乱から脱出し、正しい方向に向けて出発する年であります。また「丑」の文字がカタカナの「ユ」と「メ」の合成のように見え、「ユメ」も暗示しています。従って「おおいなる夢」を抱き、京都大学もこれから新たな芽を出し、大学のみならず、社会全体の改革に取り組み、「牛歩」のごとく確実に歩を進める年と考えています。高村光太郎の詩集「道程」にこういう下りが有ります。「ひと足、ひと足、牛は自分の道を味わってゆく。一歩出したら後ろへはかへらない。」京都大学は牛のように確実に前進し、後ろには引かない気概で進むのが良いと考えます。

  以下に、昨年1年を簡単に総括し、そこで明らかになった課題および今年の計画について述べたいと思います。

1)教育

  一昨年度の設置基準の改正以降、各大学はアドミッション・ポリシーを明確にすることが求められています。本学においては、各学部・研究科で策定が進んでいますが、同時に全学のポリシーの策定も必要と考え、理事、理事補、教育推進部長などが中心となり原案を作成していただいております。また、初年時教育の重要性を考え、全学共通教育のあり方の検討に入るとともに、課外の活動に関する教育のあり方の検討を始め、青年期の適応、高校から大学への移行、専門教育との接続といった「移行」に関する諸問題、キャリア教育などについても検討を加えています。
  「教育」面の重要性に鑑み、学部・研究科のみならず研究所・センター教員も含めた部局横断的な教育計画、教育方針などの情報交換が必要と考え、それをもとに今後全学的に教育のあり方を考えていきます。
  また、「多言語教育10ヶ年計画」の実施に向けて、国際学生育成(留学生および本学の学生一般の国際化の推進)を重点施策として打ち出す準備を行っています。それと同時に、KCJS(Kyoto Center for Japanese Studies)学生のいっそうの受入促進に向けての準備作業を開始する予定です。

2)研究

  研究に関しては、本学の基本理念を踏まえつつ、研究戦略タスクフォース、研究戦略室および研究企画支援室を整備し、本学の研究支援戦略の方針等の議論、研究資金の獲得への支援など、研究支援のモデルケースを確立してきており、世界トップレベル研究拠点プログラム、グローバルCOEプログラム、科学技術振興調整費などの競争的資金を今後も積極的に獲得してきています。
  また、iPS細胞研究の推進に向けた取り組みを加速させていくことも重要と考えています。昨年は内閣府総合科学技術会議、文部科学省等の強力なバックアップを受け、iCeMSにiPS細胞研究センターを設置することができました。今後も、全学を挙げてiPS細胞研究などを支援したいと考えています。また、昨年は「先端医療開発特区」に本学から3件の課題が採択され、その推進に向けた新たな取り組みが必要であります。
  さらに、「将来の世界トップレベルの研究者となる人材の育成」を目指し、優秀な若手人材を世界中から集めてゆく本学独自の「白眉プロジェクト」(仮称)を始動し、本年秋には制度として発足させたいと考えています。

3)企画評価および組織

  大学の教育研究活動状況については、機関別認証評価を7年ごとに受けることが法律(学校教育法)で定められています。昨年3月、本学はその認証評価を受け、大学評価基準を満たしていると評価されました。また、平成20年度は、第1期中期目標・計画期間における暫定評価を受けることになっており、昨年はその準備にあたりました。そして、その評価結果は本年3月に示されることになります。
  今年の最重要案件として、平成22年度から始まる次期中期目標・計画をどうするか、ということが控えています。次期の文部科学省の基本方針は、中期目標・計画を最大でも100項目以下に絞り、しかも6年間で達成評価可能なものに限定するように、となりました。提出期限は本年6月ですが、現在、全学を挙げてその準備にあたっています。
  また、平成22年度から附置研究所・センターの位置づけが大きく変わろうとしています。国が「共同利用・共同研究拠点」に認定したものを重点的に支援するというもので、京都大学には多数の附置研究所・センターがありますが、それぞれ拠点に認定されることを目指し、準備を進めています。
  こうしたもの以外にも、新しい教育研究組織が整備されつつあります。昨年は、野生動物研究センター、文化財総合研究センター、宇宙総合学研究ユニットが設置され、さらに全学寄附研究部門として「京都大学微生物科学寄附研究部門」が設置されました。
  また昨年、教員評価を初めて実施しました。3年以上在職している教授を対象に「教育」、「研究」、「診療」などでの活動を調査しました。今後、3年ごとに教員評価を実施しますが、今回の経験を踏まえてさらに内容を充実させてゆくつもりです。
  このほか、京都大学が誇る優れた人材の活用については、国際展開による人材活用とともに、研究者をサポートする中間職の創設に関して検討をはじめました。

4)情報基盤整備

  日進月歩で変化している情報基盤に関しては、古くなった本部地区デジタル交換機(PBX)を更新、さらに学術情報メディアセンターの汎用コンピュータのリプレイスに伴い、高速化・安定化を図るためKUINS機器を更新しました。また、電子事務局の充実に努め、全教職員が利用できるように環境を拡張し、全学グループウェアとしてサービスを提供しています。学生に関しては、学生用のポータルサイトを構築し、教育推進部と協力し、京都大学教務情報システム KULASISの全学展開を進めております。本年は、こうした情報基盤の充実に努め、全学認証基盤構築に向けてさらなるサービス向上を目指す予定です。
  附属図書館は、「重点事業アクションプラン」の一環として、学生・教職員へのサービス強化のための大改装が行われており、1階部分に24時間オープンの学習室が設置される予定であり、3階も情報機器の更新やグループ学習用の部屋の新設が進められておりますので、改装後の利便性の向上が期待できます。

5)施設整備

 昨年は「京都大学耐震化推進方針」に基づき、施設の耐震化に努めました。平成18年度当初に63%であった耐震化率が本年には80%に向上する予定です。また、寄附事業である「稲盛財団記念館」が昨年10月に完成、医学部附属病院「積貞棟(寄附病棟)」の整備に着手、「重点事業アクションプラン」により7月には白浜海の家、10月には課外活動施設(ボックス棟)の一部が完成し、宇治地区の「黄檗プラザ」の整備も順調に進んでいます。
  その他、「世界トップレベル研究拠点プログラム」の一つである、iCeMSの拠点整備、iPS細胞研究の全国的な研究拠点となる「iPS細胞研究拠点施設」の整備にも着手しました。
  今年は昨年同様、施設の耐震化に努めるとともに、桂キャンパスの工学研究科の物理系施設についてPFI事業実施に向けて作業を進めます。併わせて吉田キャンパスの狭隘解消、施設の有効活用等の整備を推進する予定です。
   また、全学的に省エネルギー対策にも鋭意取り組んでゆきます。

6)環境整備

  平成20年の特別な取り組みとしては、環境計画の策定と環境賦課金制度の創設があります。環境計画および環境賦課金方針に基づき、各部局から提出された平成20年度事業計画案が審査されました。この審査結果を基に、実施する事業の決定を行い、現在3月末の完了に向けて順次契約・執行の手続きを進めているところです。
  平成21年4月以降には環境賦課金制度により実施した事業の効果が実際に数値となって現れてきます。今年1年で効果検証を行う場合の着眼点をはじめ具体的なルール作りに全力を挙げて取り組みます。

7)財務

  2006-2008年の期間は重点事業アクションプランを実施してきました。目的積立金、重点戦略経費を財源として、総額約220億円の予算で、教育、研究、学生支援、等を総合的に推進し、平成21年度中にその計画を完了する予定です。資金運用に関しては、国からの運営費交付金削減(年1%)をカバーするため、資金運用を開始し、平成20年度は目標額の運用益4億円を達成できる見込みです。これにより、部局への配分額の削減を回避することができると思われます。大学の財務状況としては、「財務報告書 Financial Report 2008」にまとめられており、これには、京都大学の財務状況と関連のトピックス、財務上の課題がわかりやすくまとめられており、外部からも高い評価を得ています。

8)産官学連携

  産官学連携を推進するために産官学連携本部・産官学連携センターを設置しました。ここで、理工農学分野、メデイカルバイオ(生命科学)分野、ソフトウェア・コンテンツ分野、iPS知財特別分野を設け、京都大学の研究者の知財確保・ライセンシング・ベンチャー育成等を集約的に支援しています。また、ライセンシングなど産官学連携関連収入は順調に増加しています。

  産官学連携の国際化に関しては、文部科学省の「産学官連携戦略展開事業」によるプログラム「国際的な産学官連携活動の推進」(20-24年度)に採択され、それにより、(1)グローバルネットワーク構築、欧米との連携強化(特に英、仏、独など)が進展中であります。また、(2)産官学連携欧州事務所(ロンドンオフィス)を2月に開設する予定です。iPS関連では、iPSホールディングス、iPSアカデミアジャパンを設立し、iPS関連のライセンシング、事業化等を支援しています。

9)渉外および外部戦略

  新体制の特徴の一つは、外部戦略を担当する理事を新たにおき、その下に外部戦略室を設置したことです。ここでは、(1)大学基金、(2)寄附金、(3)国際展開、(4)人材活用、(5)京都大学同窓会の5分野について、現状の把握・整理および戦略策定を進めています。
  今後の大学運営には健全な財政基盤の構築が必須となります。それには欧米の大学のように確固とした大学基金を充実させることが極めて重要となります。京都大学にはそれぞれ活発に活動している各部局・専攻毎の同窓会がありますが、今後基金の有力な母体となる京都大学全体の同窓会を、地域の同窓会も含めて、活性化してゆくとともに、京都大学が全国に展開されている京都大学関係者に対してきちんとしたサービスを提供してゆくことが肝要と考えています。
  今後は、(1)東京地区に同窓生、教職員および学生も利用できる施設の実現検討を進めます。また、(2)基金・寄附金の充実のための施策を実行に移し、学生支援・研究者支援の体制を構築してゆく予定です。 

  以上、京都大学の現状と展望についてそれぞれの項目について述べさせていただきました。
  私は大学と社会の関係について常々考えています。最近形になり始めた考えを「大学基軸論」と「大学土壌論」と呼んでいます。前者は、人間の可能性をはぐくんできた職場や家庭の弱体化・流動化・空洞化がすすむにつれて、大学あるいはそこで進められる先端的な研究や高度な教養教育が人間の基盤を築く営為として大きな可能性を持ちうるのではないかということです。後者は我が国および人類の将来や人類全体の生存にとって、大学は知の淵源、衍沃な大地の如く、そのあるべき姿を保ちうる限り、永遠に枯れることなく人材と知恵を生み出しうる存在であるべきではないかということです。その意味で、社会にとって大学の存在は決して軽くないということを訴え続けたいと思います。

  私は本年を、伝統を基礎とし、革新と創造の魅力・活力・実力ある京都大学を目指す改革の実行元年に位置づけたいと思います。
  時には牛の涎のごとく粘り強く、時には猛牛のように果敢に、そして牛歩のように一歩一歩、力強く諸課題に取り組みたいと思います。この改革には、京都大学の教職員、学生および同窓生を含め、政府・京都府・京都市・経済界・地域・マスメディア等関係者の皆様のご理解とご協力が何にもまして必要ですので、よろしくご理解くださり、ご協力ご助言をお願い申し上げます。