総長就任挨拶 伝統を基礎とし革新と創造の魅力・活力・実力ある京都大学を目指して (2008年10月2日)

京都大学総長 松本 紘

 平成20年10月1日をもって第25代京都大学総長に任命されました。その重責を果たすべく、意義ある大きな仕事に挑戦し、京都大学のために身を捧げるつもりでいます。
  本日は、就任にあたって、日頃考えていることをもとに、これからの京都大学の進むべき方向について私の基本的な考えを皆さんにお示ししたいと思います。 

  京都大学は創立以来、自由の学風のもと闊達な対話を重視し、京都の地において自主独立の精神を涵養し、高等教育と先端的学術研究を推進し、111年が過ぎました。京都大学は平成16年4月1日から国立大学法人京都大学が設置され、その法人が京都大学を設置するという形態に変わりました。法人化後は、中期目標設定および評価基準の導入など、国立大学時代とは異なる新たな制度・環境変化への対応が求められています。
  激動の変革期といえる現在、京都大学には、自由の学風を継承発展させつつ多元的な課題の解決に果敢に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献することが期待されています。

  教育基本法第七条に「大学は、学術の中心として、高い教養と専門知識を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、その成果を広く社会に提供することによって、社会の発展に寄与するものとする」と明記されています。この基本法の精神において、第一の使命である教育は「知の伝承」を通して広く人材を育成すること、第二の使命である研究は、最先端の研究活動を行い「知の創造」、「知的体系の構築」のため深く真理を探究するということです。また、大学における創造的な研究活動には、その過程に学生たちを積極的に参加させ、次世代を担う優秀な人材を育成するという重要な機能があります。このように、大学における教育と研究は車の両輪をなすものであり、不即不離でなければなりません。第三の使命である社会貢献にはいろいろな形態があり、知の社会発信、産官学連携、政策提言、附属病院の高度医療など多様な展開が可能です。

  このような多様性を特徴とする大学の使命を果たすべく、時流に流されることなく、凛とした気概を持ち、学術の府としてその存在を国内外に示し、同時に京都という誇りと文化に満ちた環境下で、教養人、国際人、世界的研究者を輩出し続けることができるよう、京都大学を確固たる戦略のもとで運営していくことが求められています。
  大学こそが知の源泉であり、衍沃(えんよく)な大地のごとく、我が国および人類の将来にとって人材と研究成果を生み出す欠くべからざる存在と考えます。

  言うまでもなく、大学の根本は教育と研究です。それらをさらに充実するためには、教員、職員が誇りを持って仕事に取り組むことができ、その中で優れた学生が育成され、その学術環境が持続可能であることが必要です。人材こそが大学の最も大きな資産であります。それを活かすためには、教職員を今以上に大切にする雰囲気を醸成することが肝要です。すなわち、教員が教育や研究に専念できる抜本的な体制作りが喫緊の課題です。また、教育・研究・医療を支える職員が誇りと向上心を持てる体制を確立することも重要です。そのため、教育支援、学生支援に加えて、確固とした財務基盤、研究支援、国際交流支援、環境施設整備を強化する大学全体としての戦略がなければなりません。
  大学には語るべき多くの項目がありますが、今回は以下の、教育、研究、人材活用、国際化、アウトリーチ、基盤整備について考えを述べてみたいと思います。

1) 教育について

  教育は大学の根幹をなす活動です。国際社会においてリーダーとなりうる優れた人材を輩出する教育システムとその実績がますます重要な大学の評価基準となります。とくに、国際舞台では、高度な専門性を基盤とする発言力、研究成果の発信力、コミュニケーション能力などが必須とされます。さらに、世界のリーダーに広く見られるように、深い教養と高い識見も求められます。私は“学問は真理をめぐる人間関係”と考えており、この資質を大学において涵養することは大変重要と考えます。そのためには、理系、文系を分かたず主として学部1、2回生の時期に、全人教育が十分行えるシステムが必要です。そこでは、専門基礎は最小限にとどめ、リベラルアーツの科目を中心にして人間力涵養をはかることが重要と思います。若い時代に多くの人に出会い、異分野にまたがる友人ネットワークを築くことは生涯の宝となります。
  学部・大学院時代の専門教育は、学生に対して専門家としての基盤を築かせる重要な大学の活動です。大学全体の教育理念や教育制度のあり方についても十分な議論を尽くすとともに、教育の理想と時代の要請に応えることができるよう、必要であれば改革についても積極的な取り組みを進めてゆきたいと考えています。
  ただし、全人教育や全学的な専門教育の制度改革は短期間にできるものではありません。10年先の京都大学の教育目標を定めて、全部局が協力して教員配置・役割分担も含めてじっくりと議論する必要があります。また、教育環境整備も計画的に全学で推進すべき課題です。諸外国の大学環境に比し、現在の京都大学の教育環境整備にはさらに改善すべき余地があります。
  対話を根幹とした自学自習・自得自発という理念を実現する上でも、履修支援、進路指導、キャリアサポート等を全学的に検討し、学生支援をさらに充実してゆく必要があります。

2) 研究について

  研究は教育とともに重要な大学の使命です。研究大学として京都大学はこれまで多くの実績を上げてきました。本学は、世界をリードする自然科学、人文学、社会科学の基礎から応用までの幅広い研究分野において大きな足跡を残し、伝統を築いてきました。しかし、国内外の大学のグローバル戦略が進行する中、安閑としていられる状況にはありません。総合大学の長所を生かすためには、競争的資金になじまない基礎分野、長期の研究期間を必要とする研究分野などをしっかりと支援する財政的仕組みを構築する必要があります。
  これまでに基礎学術分野を学内的に支援する全学協力経費に競争的資金等の間接経費と寄附金の一部を充当してきました。このような学内制度を効果的に機能させることで、競争的資金を獲得できる研究分野の推進のみならず、大学全体の学術研究の健全な発展を支えることが可能となります。
  世界レベルの研究競争を勝ち抜くためには、学会、国内・国際共同研究、産官学共同研究などに対して開かれた研究体制のもとで、教員個々人が切磋琢磨することが求められます。そのためには、教員が可能な限り研究に専念できるように、全学的な支援体制を考えねばなりません。さらに、“白眉”と呼びうる優秀な若手研究者を確保し、次世代研究者として育成することが、今後の研究大学、高等教育機関としての最優先事項です。

  グローバルCOE プログラム、科学振興調整費、受託研究等の申請段階からの支援に加えて、これらが採択された場合の各種支援を全学で組織的に行うことも今後は必要不可欠です。また山中伸弥教授のiPS 細胞研究など、傑出した研究成果を出した研究グループへの積極的な全学支援ができる体制作りも、今後の画期的な成果を目指す教員にとって大きな励みになると思います。すなわち、申請書作成、報告書作成、経理処理、科学コミュニケーション等の全学的な人的・物的支援は、個別支援よりも、より効果的と考えられるからです。
  また、社会や学術の情勢変化に柔軟に対応できるよう、全学の部局組織を超えた人事交流や研究グループ形成を円滑に進めることができる制度を構築する必要があります。

3) 人材の活用

  中間職種の創設と多様な人材(女性・外国人等)の活用は本学にとって重要な課題です。
  国立大学時代には、教員・職員間の意思疎通が十分とは言えない部分もありました。法人化後は教員と職員とが協力して問題解決にあたらなければならない難問が山積し、教職協働の意識と行動が一層重要になってきています。従来の委員会の陪席だけでは職員は十分に自らの意見を述べることができなかったので、私が所掌する委員会などでは職員も委員として参画するように進めてきました。今後は全学的に教員と職員が共に議論し、新しいことにチャレンジできる体制作りを進めていきます。その中でルーティンワークだけでなく、専門的な業務のできる職員を中間職(アカデミックスタッフ)として位置づける制度を創設し、積極的に学内に配置していきたいと思います。専門化した中間職種の職員を増やして、教員が本来の教育・研究に専念できる環境の構築を目指します。

  京都大学における女性研究者、女性職員の数はまだまだ男女共同参画からほど遠い状態にあると考えます。これを改善するためには、キャリア・パスの各段階で女性が不利になる条件を一つ一つ取り除いていく必要があります。また、教育や研究の現場を外国人に開かれた環境にすることも京都大学の国際的プレゼンスの向上、グローバルスタンダードへの大学の対応の道筋と考えます。もちろん無理な数値目標を定め、教員・職員の質を犠牲にはできません。言語・生活環境の地道な整備によって状況を改善していく必要があります。

4) 国際化について

  世界中の主要大学は国際連携を積極的に進めています。京都大学にも海外から多くの連携の打診があります。京都大学はアジア、特に東南アジアで活発なフィールド研究活動を展開しており、強固なネットワークを構築しています。東アジア、アフリカにも研究教育拠点、連携拠点の展開が進んでいます。しかし、先進欧米諸国の大学との学術連携は個々の研究者間、あるいは部局間にとどまっており、大学全体としての本格的な連携や協力関係のための拠点作りは遅れています。すなわち、南北だけでなく、東西(欧米)にも拠点ネットワークを構築し、京都大学の国際的プレゼンスを高め、優秀な留学生、研究者の確保を図ることが急務です。その実現のためには、欧州での拠点設置、米国でのネットワーク活用などの措置を迅速に講じる必要があります。
  また、さらに国際化を進めるためには、留学生寮、外国人研究者の生活環境整備などを計画的に推進するとともに、外国人教員の増員も必要です。

5) アウトリーチについて

  大学のアウトリーチ活動は多様化し、すでにかなりの実績を京都大学は挙げてきました。広報、産官学連携、共同研究、地域連携等をとおして京都大学の現状と将来構想、教育・研究の考え方などを社会に発信していますが、今後その機能をさらに強化する必要があります。同時に、国際社会に対して学術誌、マスメディアなどを通した発信のみならず、教職員が積極的に国際舞台で活躍することが必要であると思います。
  アウトリーチ活動の一環として、博士学位取得者を、キャリアサポートセンターや教育研究現場での十分な研修の後に、企業、官庁、地方公共団体などに派遣する制度なども、広い知識を身につけさせる機会として有効であると思います。

6)基盤整備について

  国立大学時代には、大学のキャンパス整備、施設整備、大型研究設備整備等の各種インフラ整備は文部科学省など国の所掌事項でした。しかし、法人化後は、これらの整備は基本的には各大学法人が進めるべき事項となりました。このインフラ整備財源確保は今後の大学運営にとって難問ですが、目的積立金や寄附金、基金利益などの活用によって計画的に進める必要があります。とくに早急に行わなければならない対象は、遅れている桂キャンパスの整備の他、学生寮、職員宿舎、学生課外活動拠点、図書館、駐輪場などの整備です。施設整備のみならず、キャンパス間交通網、環境安全リスク管理システム、共通情報システムの構築、研究者総覧データベースの充実など多くのインフラ整備が必要であり、これらの課題に積極的に取り組んでいきたいと思います。

  私は人こそ大学の礎と考えています。すなわち、教員・職員ともに能力を発揮することができる職場として大学の制度・仕組・意識などを改革し、魅力・活力・実力ある大学にしてゆきたいと思います。
  総長就任に際し、長尾真元総長から「楽天知命」と揮毫された書をいただきました。これは、易学からとられたもので、「天を楽しみて命を知る」と読み、天命を受け入れて、自分の使命を全うせよ、とも解釈できるようです。大学を取り巻く社会状況はますます厳しくなってきておりますが、なによりも学術の府として、京都大学の伝統である対話を重ね、構成員全員が誇りを持って京都大学の明るい未来に向けて前進し、社会の期待に応えていかねばなりません。そのために粉骨砕身努力する所存です。皆さんのご協力を心よりお願い申し上げます。