このたび、平成22年度(第4回)湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の受賞者として、高柳匡 東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)特任准教授を決定しました。
おって、授賞式は、平成23年1月19日(水曜日)に京都大学基礎物理学研究所において行う予定です。
業績の題目(和文および英文)
超弦理論のホログラフィーとタキオン凝縮
Holography and Tachyon Condensation in String Theory
業績の要旨
理論物理学における最大の問題は重力の量子化であるが、それを実現する最も有力な候補が超弦理論である。高柳匡氏は超弦理論のフロンティアにおいて数々の輝かしい業績を挙げてきた。中でも以下の三つは極めて優れた業績であり、今回の授賞の対象研究となった。
- 厳密に解ける2次元超弦理論を与える行列模型:
時空10次元で定義された通常の超弦理論を解析することは現在でも大変困難であるが、時空次元を2とする時空超対称性を持たない(タイプゼロ型)超弦理論は、非摂動効果まで含めた解析が可能になる。2003年に高柳氏は、Toumbas氏と共同でこの理論と等価な行列模型を構成した。これは現在のところ、非摂動論的に安定でかつ豊富なダイナミクスを含む種々な背景時空の中で厳密に解ける唯一の模型である。これにより、通常の超弦理論では解析が困難な時間に依存する宇宙膨張などを厳密に取り扱うことが可能となった。またこの模型は、D0ブレーン(空間0次元 D-膜)上の行列量子力学と見なせるが、空間1次元の超弦理論とのホログラフィー対応を示す最も基本的な例を与えており、その意味でも重要な業績である。 - エンタングルメント・エントロピーのホログラフィー対応からの導出:
エンタングルメント・エントロピーは、ブラックホールのエントロピーを微視的に理解するために有用な概念である。時間一定面をAとBの二つの領域に分け、Bの領域が観測できない場合、どれだけの情報損失が起きるかを測る量である。 2006年に高柳氏はRyu氏と協力し、共形場理論のエンタングルメント・エントロピーが、ホログラフィー対応を用いて等価なAdS3空間の重力理論でどう計算されるかを研究し、それが、部分系Aの境界を端に持つAdS空間中の最小曲面の面積の定数倍で与えられることを発見した。これは、有名なブラックホール・エントロピーの面積則を、ブラックホール以外のより一般的な時空へ拡張したことを意味する。エンタングルメント・エントロピーは、物性理論でも新しい秩序変数として最近盛んに研究が行われている重要な観測量であり、高柳氏等が見出したスケール依存性に関する振る舞いは大きな注目を受けている。 - タキオン凝縮の超弦理論による記述:
超弦理論においてブレーンと反ブレーンを置くとその間をつなぐ開弦モードとしてタキオンが現れ不安定となるが、高柳氏は寺嶋・上杉両氏と共に、境界弦場理論と呼ばれる方法でいち早くこの系に対する厳密なタキオン有効ポテンシャルを求めることに成功した。この結果はタキオン凝縮を用いる様々なインフレーション模型の議論で利用されている。氏はさらに、Strominger氏と共に、閉弦のタキオン凝縮に伴う時間に依存した背景時空を扱う方法として、弦の2次元世界面上の通常のリュービル理論を虚数化した「時間的リュービル理論」を導入した。この理論もその後の様々な研究者による研究の出発点となっている。
高柳氏は未だ若年にもかかわらず、すでに多くのすぐれた研究業績をあげ、日本の超弦理論コミュニティにおいて指導的な地位にある。今後も超弦理論分野の国内外での研究をリードして活躍することは間違いなく、第4回木村利栄理論物理学賞にふさわしい研究者である。
受賞者略歴
1994年3月 | 駒場東邦高等学校卒業 |
1994年4月 | 東京大学理科I類入学 |
1998年4月 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程入学 |
2000年4月 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程入学 日本学術振興会特別研究員(DC1) を兼ねる |
2002年6月 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程卒業 日本学術振興会特別研究員(PD) に身分変更 |
2002年8月 | ハーバード大学 ジェファーソン研究所ポストドク |
2005年9月 | カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校 カブリ理論物理学研究所ポストドク |
2006年4月 | 京都大学理学部物理第二教室助手(助教) |
2008年9月 | 東京大学数物連携宇宙研究機構特任准教授 |
用語解説
ホログラフィー対応
3次元の立体情報を平面(2次元)のフィルムに記録する技術がホログラフィーと呼ばれるが、高次元時空中の重力理論や超弦理論が、より低次元時空上の場の理論と同じ内容の物理学を記述する、ということが発見され、一般に時空次元が異なる理論の間に等価性が成り立つことをホログラフィー対応と総称するようになった。
Dp-ブレーン
弦には両端のある開弦と、輪になった閉弦とがあるが、開弦の端は、時空のどこにでも存在できるのではなく、必ず、D-ブレーンと呼ばれる特殊な「膜」の上にしか存在できない。この「膜」の空間次元がp次元の場合、Dp-ブレーンと呼ばれる。D2-ブレーンは文字通り膜であるが、D1-ブレーンは「ひも」、D3-ブレーンは「立体」、D0-ブレーンは「粒子」。
タキオン
字義通りの意味では、質量が純虚数の超高速粒子である。しかし、一般に超高速粒子というのは存在できず、粒子の2乗質量が負になるということは、それを実現する「真空状態」が不安定であること、もっとエネルギーの低い「真の真空」が他にあることを意味しているだけである。タキオンの場が凝縮して「真の真空」へ移れば、タキオンモードはなくなる。
湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の概要
- 賞創設の経緯
旧広島大学理論物理学研究所教授であった故木村利栄博士は、平成17年(2005年)12月17日に旅先で急逝されましたが、遺産の一部が浩子夫人より財団法人湯川記念財団へ寄付されました。これを木村基金として,木村博士が大きな功績をあげられた重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げた研究者を顕彰するために平成19年度より 「湯川財団・木村利栄理論物理学賞」を設けました。その候補者の選考や木村基金の運用は、旧広島大学理論物理学研究所と統合した京都大学基礎物理学研究所に委託されています。 - 対象
重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げており、かつ、受賞以降も対象分野で中心的な役割を果たしていくことが期待される研究者。 - 候補者の推薦
他薦に限る。 - 選考
選考は、基礎物理学研究所運営委委員会の下に組織された選考委員会が行い,年1件を運営委員会に推薦。それを受けて運営委員会が受賞者を決定。 - 正賞および副賞
賞状及メダルを授与。副賞として賞金60万円。
木村利栄(きむら としえい)博士
- 略歴
大正15年8月10日生まれ。昭和23年3月京都帝国大学卒業。同年4月広島大学理論物理学研究所助手に着任。その後助教授・教授を経て平成2年3月定年退職。その間、広島大学理論物理学研究所所長を歴任。平成2年4月広島大学名誉教授。平成2年4月から平成6年3月まで広島県立大学教授。
平成15年に素粒子メダル受賞、平成17年に瑞宝章受章。
- 業績
木村博士は重力理論の分野で、常に先駆的研究をされてきた。中でも、1969年の重力場中での量子異常の発見は大きな功績である。重力の量子異常は、その後、超弦理論の量子論においてもっとも重要な性質の一つになっており、その意味でも木村博士の先駆性は明らかである。また、木村博士は1973年頃から点粒子間の多体重力ポテンシャルの研究を始められ、一般相対論による2次の補正項を初めて求められた。この業績は、現在国際的に研究が進められている重力波天文学において中心的役割を果たしている相対論的2体問題の先駆けとなった。
関連リンク
過去の受賞者・業績等の情報は、湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞ホームページを参照ください。
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~kimuratp/kimurasho/index.htm