X線自由電子レーザー(XFEL)による重原子の特徴的な振舞いを検出-XFELイメージングに不可欠な原子データを提供-

X線自由電子レーザー(XFEL)による重原子の特徴的な振舞いを検出-XFELイメージングに不可欠な原子データを提供-

2013年4月26日

 八尾誠 理学研究科教授のグループ、上田潔 東北大学多元物質科学研究所教授のグループ、和田真一 広島大学大学院理学研究科助教、矢橋牧名 理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループディレクターおよび登野健介 高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室利用技術開発・整備チームリーダーのグループ等からなる合同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)の非常に強力かつ非常に短い百兆分の1秒のパルス幅(発光時間)のX線をキセノン原子に照射すると、この百兆分の1秒の間に、キセノン原子がX線を吸収しては次から次に電子を放出して安定化する過程を繰り返して、急激にイオン化が進行することを見出しました。

 XFELの非常に強力なX線パルスを用いると、非常に小さな結晶や結晶化していない試料からでも1発のX線パルスでX線散乱を計測できるため、これまで構造が決定できなかったさまざまな物質や過渡的な状態にある物質の構造が決定できると期待されています。本研究で、百兆分の1秒という非常に短いX線のパルス幅の間にキセノン原子がX線吸収とオージェ電子放出を何度も繰り返すことが見出されたことで、SACLAの強力X線パルスを用いたX線散乱の解析には、X線パルス照射中における原子の動的挙動を正確に知ることが不可欠であることを示しています。

 本研究の成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」への掲載に先立ち、平成25年4月26日にウェブ掲載されました。

本研究成果のポイント

  • XFEL照射によりキセノン原子がX線吸収と電子放出を短時間のうちに繰り返すことを観測
  • 日本のXFEL施設SACLAを用いたX線イメージングに不可欠な原子データを提供

背景 

 米国のX線自由電子レーザー(XFEL)施設LCLSに続いて、日本のXFEL施設SACLAが完成し、我が国でも非常に強力かつ非常に短い時間幅のパルスX線が利用できるようになりました。このXFELを利用すると、たとえば、化学変化において超高速で起こる個々の原子の動きのように、これまで見えなかった超微細、超高速な現象が見えるようになると期待されています。これを実現するためには、非常に強力なX線パルスが原子によって散乱される様子を正しく記述することが必要です。しかし、このような強力X線はこれまで存在しなかったため、強力X線パルスの散乱を記述するための原子データを得ることが急務となっています。本研究では、X線散乱で重要な役割を果たす重原子の代表としてキセノン原子を選んで、SACLAの強力X線パルス照射に対してキセノン原子がどのように応答するかを調べました。

研究の手法と成果

 本研究では、キセノン原子線を真空中に導入して、SACLAで得られる1ミクロン径程度のサイズに集光したX線パルスを照射し、生成したキセノン原子イオンを飛行時間型イオン質量分析装置を用いて観測しました(図1)。キセノン原子にX線を照射すると、深い内殻軌道の電子が放出されて、エネルギーが高く不安定な原子イオンになります。この不安定な原子イオンはオージェ過程により比較的浅い軌道の電子を繰り返し放出してエネルギー的に安定な多価原子イオンになります。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、キセノン原子はこのような過程を複数回繰り返して非常に多くの電子を放出した多価原子イオンになります。今回の研究で観測したイオンの最も高い価数は26+で、百兆分の1秒程度の時間に26個もの電子が放出されたことを意味します(図2)。本研究ではまた、X線パルスのフルエンスによって生成するイオンの数が変化する様子も観測されました。本研究の観測結果をよく再現する理論計算から、価数が24+以上の多価イオンは、百兆分の1秒のパルス幅の時間内に、キセノン原子がX線吸収と引き続いて連続的に起こるオージェ電子放出過程とを5回ないし6回繰り返して生成することが見出されました(図3)。


図1:XFELを用いたキセノン原子のイオン化実験の概念図


図2:飛行時間の計測によるイオンの分析を示す図(1マイクロ秒は1秒の100万分の1)


図3:X線吸収と多段階に起こる電子放出の繰返しによりキセノン原子の価数が上昇するX線の高次非線形効果を示す図(1フェムト秒は1000兆分の1秒)

今後の展開

 今回の研究は、SACLAの強力なX線パルスを照射された重原子は、SACLAの百兆分の1秒のパルス幅の間に、X線を吸収してはオージェ電子を次から次に放出する過程を何度も繰り返して、急激にイオン化が進行することを明らかにするとともに、SACLAの非常に強力なX線パルスを用いた構造解析では、重原子の動的な挙動を正確に記述することが不可欠であることを示すものです。本研究で試みたように、強力X線パルスを照射された重原子の挙動を正しく記述できれば、SACLAを用いて、これまで見えなかった超微細、超高速な現象を見ることも可能になると期待されます。

本研究は、合同研究チームの上田教授を代表とする文部科学省X線自由電子レーザー利用推進研究課題、 理化学研究所SACLA利用装置提案課題、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題の各事業の一環として行われました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.110.173005

H. Fukuzawa, S.-K. Son, K. Motomura, S. Mondal, K. Nagaya, S. Wada, X.-J. Liu, R. Feifel, T. Tachibana, Y. Ito, M. Kimura,
T. Sakai, K. Matsunami, H. Hayashita, J. Kajikawa, P. Johnsson, M. Siano, E. Kukk, B. Rudek, B. Erk, L. Foucar, E. Robert,
C. Miron, K. Tono, Y. Inubushi, T. Hatsui, M. Yabashi, M. Yao, R. Santra, and K. Ueda.
Deep Inner-Shell Multiphoton Ionization by Intense X-Ray Free-Electron Laser Pulses.
Physical Review Letters, 110(17), 173005, published 26 April 2013.