リチウムイオン電池正極材料の非平衡な相変化挙動を世界で初めて観察 ~高速充放電可能な蓄電池の実現へ~

リチウムイオン電池正極材料の非平衡な相変化挙動を世界で初めて観察 ~高速充放電可能な蓄電池の実現へ~

2013年4月1日


左から折笠助教、小久見特任教授、荒井特定教授

 折笠有基 人間・環境学研究科助教、小山幸典 産官学連携本部特定准教授、福田勝利 産官学連携本部特定准教授、荒井創 同特定教授、内本喜晴 人間・環境学研究科教授らの研究グループは、本学と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同で推進している革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISINGプロジェクト:PL 小久見善八 産官学連携本部特任教授)の一環で、リチウムイオン電池に用いられる電極材料の相変化過渡状態を明らかにし、高速充放電可能な蓄電池材料のメカニズムを解明しました。

 本研究成果は米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyに2013年4月1日にJust Accepted Manuscriptとしてオンライン公開されました。

背景

 リチウムイオン電池はエネルギー密度やエネルギー変換効率の高さから、高性能蓄電池としてモバイル機器の電源などに広く用いられ、社会の発展に貢献してきました。近年では、環境・エネルギー問題の観点から、電気自動車用電源、電力貯蔵用蓄電池等への適用が求められておりますが、さらなる性能向上は必須です。特に自動車用電源としては高速充放電特性が重要であり、十分な加速性能や、ガソリン給油並みの短時間充電を実現するには、大幅な特性向上が必要です。

 リチウムイオン電池の正極材料であるLiFePO4は安価な鉄を原料としており、安定性も高く、一部実用化されています。興味深いのは、充放電前後での物質の体積変化が大きく、反応進行中の歪が大きいと想定されるにも関わらず、優れた高速充放電反応が可能である点であり、これまで種々の検討がなされてきましたが、高速反応を実現するメカニズムは不明でした。これはリチウムイオン電池中における電極材料の変化を充放電反応時にリアルタイムで観測することが難しかったことに起因します。高速反応を実現するメカニズムを明らかにできれば、今後の電極材料開発が飛躍的に進展すると考えられます。

今回の成果

 本研究では、電極材料の結晶構造・電子構造変化をリアルタイムで観測可能な、「時間分解X線回折法」、「時間分解X線吸収分光法」を、リチウムイオン電池動作環境で測定可能な実験系へ組み込み、高速充放電時における電極材料の相変化挙動解明に挑みました(図1)。X線源には大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いることで、充放電反応中の構造情報を連続的に取得しました。


図1: 時間分解X線回折法によるリチウムイオン電池作動条件下での測定手法

 高速充放電可能な正極材料であるLiFePO4は充放電反応中には熱力学的に安定な二つの相の間で反応することが知られています。高速充放電中の結晶構造を時間分解X線回折測定により解析した結果、安定な二相に加え、中間の格子定数を有する固溶相LixFePO4相が生成していることを初めて発見しました(図2)。LixFePO4相の出現量は充放電速度が速いほど多く、定常状態では消滅することから、準安定な相であることがわかりました。準安定なLixFePO4相は、高速反応時に生成し、二相の歪みを緩和することで、LiFePO4の高速充放電特性を発現していると考えられます(図3)。


図2: LiFePO4の高速充放電反応中のX線回折パターン変化(四角で囲んだ回折は定常状態では観測されず、高速反応中にのみ観測される)


図3: 高速反応可能な準安定相LixFePO4を経由した相変化メカニズム

今後の展望

 リチウムイオン電池の作動条件下における動的挙動の解析は、今まで計算や定常状態の測定からの推測でしか議論されてこなかった非平衡状態での相転移現象解析を可能にします。今回得られた、高速反応を実現させるメカニズムを新規活物質の設計に反映させ、さらなるリチウムイオン電池の高速反応化を目指します。開発された手法は2012年4月から運用を開始したSPring-8のRISINGビームラインBL28XUにて実用電池材料に対して広く適用されています。さらに、この知見を活かして、リチウムイオン電池に代わる高性能な革新型蓄電池の開発を進めて行きます。

本研究の一部は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業」の一環として行われました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1021/ja312527x

題目

Direct Observation of a Metastable Crystal Phase of LixFePO4 under Electrochemical Phase Transition

著者名

折笠有基1、前田壮宏1、小山幸典2、村山美乃2、福田勝利2、谷田肇2、荒井創2、松原英一郎3、内本喜晴1、小久見善八2

所属名

1京都大学人間・環境学研究科、2京都大学産官学連携本部、3京都大学工学研究科

掲載誌

Journal of the American Chemical Society