X線自由電子レーザー(XFEL)を照射したタンパク質微結晶中の硫黄原子からの異常シグナルの検出に成功 -XFELによるタンパク質分子の構造決定に向けた第一歩-

X線自由電子レーザー(XFEL)を照射したタンパク質微結晶中の硫黄原子からの異常シグナルの検出に成功 -XFELによるタンパク質分子の構造決定に向けた第一歩-

2013年2月15日

 八尾誠 理学研究科教授と永谷清信 同助教のグループ、Ilme Schlichting マックス・プランク研究所教授らのグループ、上田潔 東北大学教授のグループ、和田真一 広島大学助教、矢橋牧名 理化学研究所グループディレクターおよび登野健介 高輝度光科学研究センターチームリーダーのグループ等からなる合同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)をタンパク質分子の微結晶に照射して得られるX線回折において、タンパク質分子内に天然に含まれる硫黄原子による微弱な異常散乱信号を検出することに成功しました。

 これまでに多くのタンパク質分子の構造がシンクロトロン放射光施設においてX線結晶構造解析法を用いて決定されてきましたが、結晶化が困難なために未だに構造が決定されていないタンパク質分子も多々あります。XFELの非常に強力なX線パルスを用いると非常に小さな結晶や結晶化していない試料からでもX線回折像を得ることができるため、これまで構造が決定できなかったタンパク質分子の構造が決定できると期待されています。しかし、XFELで得られるX線パルスのX線回折データから構造未知のタンパク質分子の構造を決定するためには、X線回折現象を表す構造因子の位相を決定する方法を確立しなければなりません。今回のタンパク質微結晶を用いた研究で検出された異常散乱信号を用いると位相を決定できるため、本研究はXFELを用いたタンパク質分子の構造決定に向けた第一歩に繋がると期待されます。

 本研究の成果は、科学雑誌「Acta Crystallographica Section D」に近日中に掲載されます。

背景

 米国のX線自由電子レーザー(XFEL)施設LCLSに続いて、日本のXFEL施設SACLAが完成し、我が国でも非常に強力かつパルス幅(X線の発光時間)の非常に短いパルスX線が利用できるようになりました。このXFELを利用すると、たとえば、化学変化において超高速で起こる個々の原子の動きのように、これまで見えなかった超極細、超高速なものが見えるようになると期待されています。その中でも、XFELを用いることによって大きな飛躍が期待されている分野がX線構造生物学です。これまで、シンクトロン放射光施設が世界中に次々に建設されるとともに、多くのタンパク質分子の構造がX線結晶構造解析法を用いて決定されてきました。一方で、結晶化が困難なために未だに構造が決定されていないタンパク質も多々あります。XFELの非常に強力なX線パルスを用いると、非常に小さな結晶や結晶化していない試料からでもX線回折像が得られることから、これまで構造がわからなかったタンパク質の構造が決定できると期待されています。しかし、これを実現するためにはいくつかの障害を乗り越えなければなりません。特に問題となるのがX線回折現象を表す構造因子の位相の決定です。ごく最近、LCLSで初めてタンパク質の新規結晶構造が決定され話題になりましたが、その研究では、分子置換法と呼ばれる方法を用いて、すでに分かっている構造をもとにこの新規構造部分を決定していました。事前に全く構造がわかっていない新規構造を解析する場合には、タンパク質の特定部位にラベルした重原子による異常散乱を用いて位相を決定し、構造を決定する方法が一般的に用いられます。そこで、本研究では、SACLAにおいてタンパク質微結晶に天然で含まれる硫黄原子によるXFELパルスの異常散乱の検出を試みました。

研究の手法と成果

 本研究では、構造がすでにわかっているリゾチームタンパク質微結晶に、SACLAで得られる強力なX線パルスを照射しました。

 SACLAの非常に強力なX線パルスを微結晶に照射すると、微結晶は損傷を受けます。しかし、SACLAで得られるX線パルスの幅は10フェムト秒(1秒の百兆分の1)程度と非常に短いため、損傷の影響が微結晶に現れる前のX線回折像を得ることができます。ただし、ここで解決すべき問題がひとつあります。SACLAでは1秒間に数十発のX線パルスが供給されるため、各々のX線パルスが新しい微結晶を照射するように次から次へと微結晶を供給しなければなりません。本研究では、粒径が1ミクロン(1ミクロンは1ミリの1000分の1)程度の微結晶の高濃度白濁液を直径が5ミクロン程度の液体ジェットとして真空中に導入して1ミクロン程度に集光したX線パルスを照射し、X線パルス毎にX線回折像を記録しました(図1)。次から次に(シリアルに)微結晶を導入してXFELの極短X線パルスを用いて微結晶が損傷を受ける前にX線回折像を記録するこの手法は、シリアルフェムト秒X線結晶構造解析法と呼ばれています。今回の研究のポイントは、シリアルフェムト秒X線結晶構造解析法で記録したX線回折像の各回折斑点の積分強度を精密に評価して、重原子からの異常散乱信号を検出できるかどうかを見極めることでした。2日かけて約600,000枚のX線回折像を撮りましたが、このうち微結晶にXFELが命中できたと思われるものが約420,000枚、このうち各回折斑点の積分強度の解析に使用できたX線回折像が約44,000枚でした。これをコンピューター上で重ね合わせてX線回折像の回折斑点の積分強度を精密に見積もった結果、タンパク質に天然に含まれている硫黄原子からの異常散乱を検出することに成功しました(図2)。


図1: XFELを用いたシリアルフェムト秒X線結晶構造解析実験の概念図


図2: 硫黄原子の異常散乱による差異の現れた部位(黄色の部分)

今後の展開

 今回の研究成果は、SACLAによるタンパク質微結晶のシリアルフェムト秒X線構造解析が可能であること、シリアルフェムト秒X線構造解析においてX線回折像の回折斑点の積分強度を評価して特定の原子からの異常散乱信号を評価できることを示したものです。このことによって、これまで構造が決定されていない新規タンパク質についても、SACLAを光源としたタンパク質微結晶のシリアルフェムト秒X線構造解析法に従来から用いられている重原子同型置換法多波長異常散乱法といった方法を組み合わせることによって構造を決定する道筋がついたといえます。結晶化が困難なために未だに構造が決定されていないタンパク質の中には、創薬ターゲットとなる膜タンパク質も多く含まれていることから、創薬分野への大きな貢献も、期待されます。

 

本研究は、合同研究チームの上田教授を代表とする文部科学省 X線自由電子レーザー利用推進研究課題、 理化学研究所SACLA利用装置提案課題、文部科学省 X線自由電子レーザー重点戦略研究課題の各事業、および八尾教授を代表とする日本学術振興会二国間交流事業の一環として行われました。

 

  • 日刊工業新聞(2月25日 24面)および科学新聞(3月8日 4面)に掲載されました。