異常原子価鉄イオンが示す機能特性原理の解明 -スイッチ、センサーなどに使える多機能新材料開発へ向けた新知見-

異常原子価鉄イオンが示す機能特性原理の解明 -スイッチ、センサーなどに使える多機能新材料開発へ向けた新知見-

2012年6月11日


左から島川教授、陳博士研究員、齊藤助教

 陳威廷(チェン・ウェイティン) 化学研究所博士研究員、齊藤高志 同助教、島川祐一 同教授らは、異常原子価鉄イオンを含む酸化物が、特異な機能特性を示すメカニズムの解明に成功しました。

 将来のエレクトロニクスなどへの応用が可能な機能性材料として、Aサイト秩序型ペロブスカイト構造を持つ酸化物が注目されています。その中でも、異常原子価状態の鉄イオンを含んだ物質は室温付近でのわずかな温度変化により、特異な磁気特性や電気伝導特性の変化、さらには大きな負の熱膨張などを示すため大きな期待を集めていますが、その機能特性発現のメカニズムについてはこれまで明らかにされていませんでした。

 本研究グループは、Ca1-xLaxCu3Fe4O12で表される一連の物質を高温高圧力の条件で作成し、結晶構造や電子状態とその特性変化を詳細に調べました。その結果、異常原子価の鉄イオンが酸素サイトに「リガンドホール」と呼ばれる状態を作り、このリガンドホールの温度変化によるわずかな挙動の違いが、磁気特性・電気特性、さらには熱膨張特性の違いを引き起こすことを初めて解明しました。

 この材料の示す大きな特性変化は、スイッチやセンサー、熱制御材料をはじめとする多くの用途で活用できると期待されており、このメカニズムが解明されたことで、将来のエレクトロニクス分野における新材料を開発する上での物質開発指針と新しい応用展開の可能性が示されたと言えます。また、これらの物質は比較的安価で安全なありふれた3d遷移金属元素である鉄(Fe)と銅(Cu)からなる酸化物であり、このような物質で新しい機能性材料を開発する指針が得られたことは、「元素戦略」の観点からも重要な成果です。

 本研究成果は、2012年6月11日(英国時間)に、英国ネイチャー系オンライン科学誌 「Scientific Reports」に掲載されました。

 なお、本研究は科学技術振興機構(JST)課題達成型基礎研究の一環として、林直顕 博士(次世代低炭素ナノデバイス創製ハブ)、高野幹夫 物質-細胞統合システム拠点教授らとの共同で行われました。

背景と経緯

 鉄(Fe)イオンは、赤さびであるヘマタイト(Fe3+2O3)や磁石となるマグネタイト(Fe2+Fe3+2O4)に見られるように、通常は酸化物の中で2価(Fe2+)や3価(Fe3+)のイオン状態をとります。ところが、「異常原子価」と呼ばれる高い酸化状態の鉄イオンを含んだ酸化物がまれではありますがいくつか見つかっており、そのような特異なイオン状態やその物質の示す特性は、物質科学の分野で50年以上にもわたり注目を集めていました。

 研究グループでは、最近になって相次いで、このような異常原子価状態にある鉄イオンを含んだ新物質をAサイト秩序型ペロブスカイト構造を持つ酸化物で発見してきました。Aサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物は、ペロブスカイト構造(ABO3)におけるAサイトが1:3の割合で2種類のイオンで秩序化して占められるという特徴的な結晶構造をとる物質です(図1)。この構造の物質では、近年、巨大磁気抵抗効果巨大誘電率などの新しい特性が見いだされており、物質・材料科学の分野だけではなく、将来のエレクトロニクスを支える機能性材料として多くの注目を集めています。異常原子価状態にある鉄イオンを含んだAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物での新しい機能特性の開拓は、物質・材料科学の分野だけでなく、材料の機能応用の観点からも非常に重要な課題でした。


図1:ペロブスカイト型酸化物(左)とAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物(右)の結晶構造

 ペロブスカイト構造(ABO3)では、Bサイトの遷移金属イオン(青球)に酸素イオン(赤球)が八面体を作るように配位している。Aサイト秩序型ペロブスカイト構造では、ペロブスカイト構造におけるAサイト(緑球)が1:3の割合で2種類のイオン(緑球と紫球)で秩序化して占められており、これにより八面体が傾いた構造をとっている。

 研究グループの発見したAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物CaCu3Fe4O12は、Fe4+という異常原子価状態の鉄イオンを含みますが、温度を変化させることにより4価の鉄(Fe4+)イオンが3価の鉄(Fe3+)と5価の鉄(Fe5+)イオンへ変化(電荷不均化)すると同時に、材料特性が常磁性金属からフェリ磁性絶縁体へと変わります。また、同じくAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物であるLaCu3Fe4O12ではFe3.75+という鉄イオンを含みますが、温度を変化させることによって銅イオンから鉄イオンへ電子が移動する「サイト間電荷移動」により常磁性金属から反強磁性絶縁体へと変化し、さらに大きな負の熱膨張を示すことも見いだしました。これら2つの物質では、ともに異常原子価にある高い酸化状態の鉄イオンの変化が特異な特性変化の鍵であるにも関わらず、なぜこのような違いが起こるのかについては明らかにされていませんでした。

研究の内容

 研究グループでは、Aサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物であるCaCu3Fe4O12とLaCu3Fe4O12固溶体(Ca1-xLaxCu3Fe4O12)を高温高圧力の条件下で作成し、X線回折やメスバウアー効果の測定などから、結晶構造や電子状態とその特性変化を詳細に調べました。その結果、異常原子価にある鉄イオンが酸素サイトに「リガンドホール(酸素ホール)」と呼ばれる状態を作り(図2)、このリガンドホールの挙動がこの物質の特性変化を特徴づけていることを明らかにしました。


図2:異常原子価鉄イオンを含んだ酸化物におけるリガンドホール

 異常原子価にあるFe4+イオンは鉄イオンのd軌道に4つの電子を持つと考えられるが、実際には、強い軌道の混成によりd軌道に5つの電子が入り、酸素のサイトにホール(空孔)を作るような電子状態(Fe3+L)になっている。この酸素サイトのホールがリガンドホールと呼ばれ、その挙動が特異な特性変化を引き起こしている。

 ペロブスカイト構造などをとる3d遷移金属酸化物の中には、3d遷移金属イオンの電子と酸素イオンの電子のエネルギーレベルが近いために、両者の電子軌道が強く混成するものがあります。今回の研究対象であるCaCu3Fe4O12(x=0)においても、この強い軌道混成の結果、4価の鉄イオンの異常原子価状態(Fe4+)が、実際には3価に近い状態になっており、酸素サイトにリガンドホールを作ります(Fe3+L)。高温では、このリガンドホールが動き回ることにより常磁性金属の状態が現れますが、温度が下がってくると、リガンドホールは運動エネルギーを失ってとどまろうとし(局在化)、電気が流れない絶縁体状態になります。このとき、リガンドホールが鉄イオンに近い位置で1つおきに整列して局在化した状態が「電荷不均化」であることが分かりました。一方、LaCu3Fe4O12(x=1)においては、温度を下げることによってリガンドホールが銅イオンに近い位置でモット転移を起こして局在化して「サイト間電荷移動」が起こることを明らかにしました(図3)。


図3:リガンドホールの局在化によるCaCu3Fe4O12(x=0)での「電荷不均化」とLaCu3Fe4O12(x=1)での「サイト間電荷移動」、およびCa1-xLaxCu3Fe4O12固溶体(0≤x≤1)の相図

 高温ではリガンドホールが動き回ることにより常磁性金属の状態が現れるが、低温においてCaCu3Fe4O12では、リガンドホールが鉄イオンに近い位置で1つおきに整列して局在化した「電荷不均化」を起こし、LaCu3Fe4O12ではリガンドホールが銅イオンに近い位置でモット転移により局在化して「サイト間電荷移動」を起こす。固溶体では、電荷不均化相と電荷移動相の電子的な相分離が観測される。

 単純なイオンからなる物質として見ると、CaCu3Fe4O12(x=0)での「電荷不均化」とLaCu3Fe4O12(x=1)での「サイト間電荷移動」は全く異なる挙動として見えていましたが、この2つの現象をリガンドホールの低温における局在化挙動として眺めることで、特性の変化を系統的に理解できることが明らかになりました。

 固溶体Ca1-xLaxCu3Fe4O12では、CaとLaの比率を任意の割合で混ぜ合わせても完全に均一な試料となりますが、中間組成の領域(0<x<1)では、低温でのリガンドホールの局在が電子的な不均一さを引き起こし、「電荷不均化相」と「電荷移動相」に電子的な相分離を起こすことも明らかになりました(図3)。また、CaとLaの組成を変化させることは、リガンドホールの濃度を変えることに相当し、これにより、熱膨張を含む特性変化が起こる温度を制御できることも明らかにしました。

今後の展開

 Aサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物では、磁気特性、電気伝導特性、熱膨張特性などが室温付近でのわずかな温度変化で大きく変化し、さらに熱膨張特性などを磁気的、電気的な信号により制御できる可能性もあることから、スイッチやセンサー、熱制御をはじめとする多くの用途で活用できる機能性材料として期待されています。特に、今回注目した材料は、比較的安価で安全なありふれた3d遷移金属元素である鉄(Fe)と銅(Cu)からなっており、このような材料で、新しい機能性材料を作り出していくことは、日本の「元素戦略」上も重要です。

 本研究の成果は、特異な変化を引き起こすリガンドホールの局在挙動のメカニズムが解明されたことで、物質・材料科学分野での新現象の解明にとどまらず、将来のエレクトロニクス分野における新材料を開発する上での物質開発指針を与え、新しい応用展開の可能性を示すものです。

・本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」
(研究総括:玉尾皓平 理化学研究所基幹研究所所長/グリーン未来物質創成研究領域領域長)
研究課題名:「異常原子価および特異配位構造を有する新物質の探索と新機能の探求」
研究代表者:島川祐一 化学研究所教授
研究期間:2011年4月~2016年3月

・また、本成果の一部は、以下の事業・研究領域・研究課題からも支援を受けました。

戦略的国際科学技術協力推進事業(日本-英国研究交流)
「先端材料」分野
研究課題名:「極限条件を用いた新規機能性酸化物の探索」
研究代表者:島川祐一 化学研究所教授
J. Paul Attfied 英国エジンバラ大学極限条件科学センター教授
研究期間:2009年4月~2012年3月

研究シーズ探索プログラム
研究領域:物質・機能探索分野(PO:高尾正敏 大阪大学特任教授
研究課題名:「新規低温酸素イオン伝導酸化物の探索とイオン伝導機構の解明」
研究代表者:島川祐一 化学研究所教授
研究期間:2010年1月~2011年12月

 

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep00449

Wei-Tin Chen, Takashi Saito, Naoaki Hayashi, Mikio Takano & Yuichi Shimakawa.
Ligand-hole localization in oxides with unusual valence Fe. Scientific Reports 2, Article number: 449, 2012/06/11/online
doi: 10.1038/srep00449
(異常原子価Feイオンを含む酸化物におけるリガンドホールの局在挙動)

 

  • 京都新聞(6月12日 32面)および科学新聞(6月29日 4面)に掲載されました。