中赤外レーザーを用いた格子振動の選択励起を世界で初めて直接観測 -原子の振動を光で自在に操作-

中赤外レーザーを用いた格子振動の選択励起を世界で初めて直接観測 -原子の振動を光で自在に操作-

2013年11月29日

 吉田恭平 エネルギー理工学研究所/エネルギー科学研究科博士課程学生、園部太郎 リサーチ・アドミニストレーター(元同特定助教)、蜂谷寛 エネルギー科学研究科助教、全炳俊 エネルギー理工学研究所助教、紀井俊輝 同准教授、増田開 同准教授、大垣英明 同教授らのグループが、新しくレーザー発振・波長制御を可能とした中赤外自由電子レーザー(KU-FEL)を使って、固体材料の原子の振動(格子振動)を選択的に励起できることを、世界で初めて直接的に観測しました。

 固体材料の原子の振動(格子振動)は、電気伝導特性、磁気特性、熱伝導特性など、あらゆる材料の特徴的な物性を発現させる要であることから、その精密な制御を可能とする技術開発が長年待ち望まれていました。

 本研究成果は、米国物理学誌の「Applied Physics Letters」誌の電子版(2013年10月30日米国東部時間)に掲載されました。

背景

 自由電子レーザーは、真空中で光速近くまで加速された電子ビームが放出する光を利用したもので、一般に、連続的に波長可変で高強度の単色光が得られる特長があります。エネルギー理工学研究所では、研究室レベルの小型・高性能な装置を目指し、電子ビーム発生に熱陰極型高周波電子銃と呼ばれる電子源を利用しています。この方式の課題であった動作の不安定性を世界で初めて電子銃へ投入する高周波電力を精緻に制御することにより克服し、2008年に波長12.4μmでレーザー発振に成功しました。2013年11月現在、5~22μmの中赤外領域で波長可変かつ強力なレーザー光を共同研究等に提供しています。

 同研究所は2010年から文部科学大臣により共同利用・共同研究拠点の「ゼロエミッションエネルギー研究拠点」として認定を受け、自由電子レーザーを活用した応用研究に着手してきました。今回の「中赤外自由電子レーザーよる選択的格子振動励起の実証研究」は、中赤外自由電子レーザーを用いた固体物理への応用研究の第一例目となります。本研究グループ(吉田・園部・蜂谷)らが物性物理的な観点から、6H-SiC結晶の特徴的な振動のエネルギーが中赤外自由電子レーザーの発振波長領域に対応するエネルギーと重なることに着眼し、ラマン散乱測定系を構築してきました。同時に、本研究グループ(全・紀井・増田・大垣)らは要請に応えて、安定的な中赤外の波長可変なレーザーを発振し測定系へ供給したことにより、今回の画期的な成果を導くことができました。

 このように、材料科学/物性物理と、加速器科学を専門とする異分野の若手研究者が自由な発想のもと装置開発から装置運転、材料評価および分析に至る一連の研究を本研究グループが融合的に実施してきました。

研究手法・成果


図:選択的格子振動励起の実証の原理

 固体の格子振動は、常温では熱エネルギーがさまざまな方向の振動に少しずつ分配されて起こっています(非選択的な格子振動励起)。この格子振動を抑えるために、固体材料を極低温(-259度)に冷却します。

 冷却した固体材料に、着目する特定の格子振動の振動エネルギーに一致する波長の中赤外自由電子レーザーを照射すると、固体材料がレーザー特有の位相が綺麗にそろった強力な光波を吸収し、照射した光のエネルギーに対応する特定の振動方向・振動数(Vr)の格子振動のみが非常に強く励起される現象が観測されます(選択的な格子振動励起)。

 中赤外自由電子レーザーの照射と同時に、プローブ光を固体材料に入射すると、プローブ光は、振動している固体材料との間で差し引きのエネルギー授受のない弾性散乱(レイリー散乱)に加え、格子振動にエネルギーを与える格子振動からエネルギーを受け取る結果、入射した光のエネルギーの差し引きが出射時に変化する非弾性散乱(ラマン散乱)が起こります。非弾性散乱により発生した光のうち、入射した光よりも低い振動数の光(Vi-Vr)をストークス散乱光、入射した光よりも高い振動数の光(Vi+Vr)をアンチストークス散乱光と呼びます。

 アンチストークス散乱光は、極低温では、固体材料の格子振動が抑制され、入射光にエネルギーが与えられないため観測されません。これは、アンチストークス散乱光が極低温であらたに観測されたということは、逆に言えば、その振動数に対応する格子振動が外部からの光照射により励起されたことの直接的な証明となります。

 今回の成果では、極低温の固体材料に上記の現象を観測するための入射光の条件を兼ね備えた中赤外自由電子レーザーを照射して、照射した中赤外自由電子レーザー光の振動数に対応するアンチストークス散乱現象の観測に成功しました。この結果は、中赤外自由電子レーザーにより固体の格子振動が選択的に励起されたことを示しており、中赤外光を発振させるレーザーによって格子振動の制御ができることを、世界で初めて直接的に証明しました。

波及効果

 同様のレーザーにおいて、気体分子・原子に対して、選択的励起の実証実験が行われていますが、今回、初めて固体に対する選択的励起が示されたことで、中赤外自由電子レーザーの有用性が明らかとなりました。本研究は、世界で初めて中赤外レーザーを用いた格子振動の選択的な励起を「直接的に」実証したものであり、今後、格子振動の選択的励起を利用した固体物理研究に波長可変な中赤外レーザーが広く利用される大きな契機になると考えられます。

 これまでは、固体中の電子と格子振動との相互作用(電子格子相互作用)を調べるためには、一般に、材料の温度を変化させながら特性を計測する事によりさまざまな格子振動を一様に励起するか、本研究における中赤外自由電子レーザー光よりも限られた条件による励起光を用いて研究されてきました。今回の実証により、非常に制御性の良い中赤外レーザーを用いて、狙った格子振動を選択的に励起可能なことが直接的に示されました。このため、今後、本研究のような中赤外レーザーを用いた選択的格子振動励起により、さまざまな物質中での電子格子相互作用が固体物性に与える影響が解明されることが期待されます。

 電子格子相互作用は、電気伝導特性や磁気特性といった固体の物性に影響を与える重要な因子であり、どの格子振動がどのような固体物性を発現させているかを明らかにする手段を得ることで、省エネルギーな電子デバイスの開発、また超電導現象の発生メカニズムの解明が進み、より高温条件で超伝導となる物質(室温超伝導物質など)の開発などに寄与できます。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1063/1.4827253

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/179538

Kyohei Yoshida (吉田恭平) and Taro Sonobe (園部太郎) and Heishun Zen (全炳俊) and Kan Hachiya (蜂谷寛) and Kensuke Okumura (奥村健介) and Kenta Mishima (三島健太) and Motoharu Inukai (犬飼元晴) and Negm, Hani and Torgasin, Konstantin and Omer, Mohamed and Toshiteru Kii (紀井俊輝) and Kai Masuda (増田開) and Hideaki Ohgaki (大垣英明)
"Experimental demonstration of mode-selective phonon excitation of 6H-SiC by a mid-infrared laser with anti-Stokes Raman scattering spectroscopy"
Applied Physics Letters 103, 182103 (2013)

  • 日刊工業新聞(11月29日 27面)に掲載されました。