フサオマキザルは身勝手な人物を嫌う-第三者間のやり取りの感情的評価-

フサオマキザルは身勝手な人物を嫌う-第三者間のやり取りの感情的評価-

2013年3月6日


左から藤田教授、Anderson英国スターリング大学リーダー、瀧本彩加 東京大学総合文化研究科・日本学術振興会特別研究員PD

 藤田和生 文学研究科教授、James R. Anderson 英国スターリング大学リーダーらのグループは、フサオマキザルが、第三者間の、自身の利害に全く無関係なやり取りから、当該他者を感情的に評価することを発見しました。

 本研究成果は、英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」誌、および国際科学誌「コグニション」誌に掲載されました。

概要

 ヒトは感情の動物だといわれます。喜びや悲しみなどの基本感情だけではなく、愛情や妬みなどの多様な派生的感情を持ち、自身に直接利害の及ばない事象に対しても、種々の感情を抱きます。こうした複雑な感情機能の進化の過程は十分に解明されていません。これを検討するため、本研究では、豊かな表情を持ち、協力的で、寛大な社会を形成することで知られる新世界ザルの一種フサオマキザルに、2人の人物がモノをやり取りする演技を見せました。研究1では、一方の人物からの援助の要請に対して他方の人物がそれに応じる場面とそれを拒絶する場面を見せました。その直後に、両方の人物が同時にサルに食物を差し出しました。するとサルは、どちらを選んでも同じなのに、援助要請に応えることを拒絶した人物からの食物の受け取りをしばしば回避しました。研究2では、2人の人物が手持ちの物体を交換する場面を見せました。双方が公平な交換をする場合と、公平な交換を一方が拒絶する場合を見せ、研究1同様に、直後に人物を選択させると、サルは公平な交換を拒絶する人物をより回避しました。これらから、フサオマキザルは、第三者間の、サル自身にとって無価値な物体のやり取りから得た情報に基づいて、当該人物に対する好みを形成し、他者の「値踏み」のような行動を示すことが明らかになり、ヒト同様の複雑な感情機能を持つことがわかりました。

背景

 ヒトは感情の動物だといわれ、ヒト以外の動物(以下、動物)にも備わっていると考えられる喜び、悲しみ、怒り、恐怖などの基本感情だけではなく、愛情、友情、妬み、思いやりなどの多様な派生的感情を抱きます。

 動物も自身に報酬がもたらされたときには喜び、危機が迫ったときには恐怖を抱きます。自分自身にもたらされる利害に対して感情的応答をするのは自然なことでしょう。

 しかしヒトは、自身には直接的利害のない第三者間のやり取りを見ても、種々の感情を抱きます。たとえば他者に優しくする人物を見ると好感を抱き、他者をいじめる人物を見れば、怒りや嫌悪感を抱きます。

 ヒトにはこの機能が幼時から備わっています。例えば、他者が机に置いた所有物を奪ったり壊したりするおとな、あるいは他者が落として壊れた所有物を直してくれるおとなを見せた後で、中立のおとなとこれらの演技者の一方と対面させ、いずれかに、ゲームに必要なボールを手渡すよう子どもに働きかけると、3歳児は奪ったり壊したりするおとなを避けて、中立のおとなを援助します(Vaish et al., 2010)。より単純なアニメーションで、一方が坂道を上るのを助けるキャラクターと妨害するキャラクターを見せた後、どちら一方を選ばせると、6ヶ月の乳児でも、援助するキャラクターの方を好むことが知られています(Hamlin, et al., 2007)。

 こうした第三者的立場による感情的応答は、ヒトだけが持つ特徴なのでしょうか。それとも動物も、このように第三者間の、自身の利益とは全く無関係なやり取りをもとに、他者の「値踏み」をすることはあるのでしょうか。また、そうだとすれば、どのような行為に感受性を持つのでしょうか。我々は、豊かな表情を持ち、協力的で、寛大な社会を形成することで知られる新世界ザルの一種、フサオマキザルを対象に実験を行いました。

研究手法・成果

研究1

 本研究では、他者からの要請に応じて援助をする人物と、援助要請に応えない人物に対するフサオマキザルの反応を分析しました(図1)。


図1:研究1の実験場面

援助条件:(1)Aは容器を開けようとする。(2)AがBに援助を求め、Bは援助する。(3)Aが成功しておもちゃを取り出す。
援助拒否条件:(1) Aは容器を開けようとする。(2)AがBに援助を求めるが、Bは横を向いて拒否する。(3)Aは作業を続けるが成功しない。
作業夢中条件:(1)AもBも容器を開けようとする。(2)AがBに援助を求めるが、Bは自分の作業に夢中で援助しない。(3)A、Bともに作業を続ける。2人とも最終的に成功しない。
顔向き変化条件:(1)AもBも容器を開けようとする。(2)Aは一瞬手を止めるがBに援助を求めず、Bは援助を求められてはいないが一瞬手を止めて、顔を横に向ける。その後、A、Bともに作業を続ける。(3)A、Bともに作業を続ける。2人とも最終的に成功しない。

 サルに、2名のヒト演技者の以下のようなやり取りを見せます。人物Aが、入れ物のフタを取って、サルにとって意味のないおもちゃを取り出そうとしています。しかしなかなか開けることができないので、人物Bに入れ物を見せて援助を要請します。人物Bは、援助に応えてふた開けを手伝う場合と(援助条件)、そっぽを向いて援助要請を拒絶する場合(援助拒否条件)がありました。いずれの場合にも、この演技の後、AB両者がサルに対して食物を手に載せて差し出しました。どちらの人物から食物を受け取っても、サルにはまったく利害はありません。実際、Bが協力的であった場合には、要請した人物Aとの間に明瞭な好みは見られませんでした。しかし、Bが非協力的であった場合には、サルはこの人物Bからの受け取りをより多く回避しました。種々の統制条件をテストした結果、容器を操作したか否か(作業夢中条件)、最終的におもちゃを取り出せたか否か、あるいは単なる顔の向き(顔向き変化条件)などではなく、人物Bが援助要請に応えることを拒絶する明白な意図的仕草をすることが、その人物を回避することにつながっていることがわかりました。

研究2

 本研究では、第三者同士のやり取りで、公平なお返し行動をする人物と、公平ではない行動をする人物に対するフサオマキザルの反応を分析しました(図2)。


図2:研究2の実験場面

第1段:相互的やり取り条件 (1)初期状態。両者とも3個ずつボールを持っている。(2)Aの要求に応えてBはボールを全部手渡す。(3)BがAにお返しを要求し、Aはそれに応えて全てを手渡す。(4)最終状態。両者ともボールを3個持っている。
第2段:非相互的やり取り条件 (1)初期状態。両者とも3個ずつ持っている。(2)Aの要求に応えてBはボールを全部手渡す。(3)BはAにお返しを要求するが、Aは拒否の仕草をする。(4)Aはそれらをつまみ上げるだけで手渡さない。(5)最終状態。Aは6個、Bは0個。
第3段:不完全相互的やり取り条件 (1)初期状態。両者とも3個ずつ持っている。(2)Aの要求に応えてBはボールを全部手渡す。(3)BがAにお返しを要求するが、Aは1個だけ手渡して残りは渡さない。(4)最終状態。Aは5個、Bは1個。
第4段:相互的やり取り不可能条件 (1)初期状態。Aはボールを1個しかもっていない。Bは3個持っている。(2)Aの要求に応えてBはボールを全部手渡す。(3)BがAにお返しを要求し、Aはそれに応えてなけなしの1個を手渡す。(4)最終状態。Aは3個、Bは1個。

 2人の人物が、サルにとって意味のない色違いのボールを3個ずつ持っています。人物Aが箱を持って、人物Bに手持ちのボールをすべて入れるよう要求します。それが終わると、今度は人物Bが同様に人物Aの手持ちのボールをお返しに要求しました。その後、研究1と同様の手続きで人物ABをサルに選択させました。研究1同様、どちらの人物から報酬を受け取っても、サルにはまったく利害はありません。実際、人物Aがお返しに3個全てを渡した場合(相互的やり取り条件)、サルの好みは特に見られませんでした。ところが、Aがボールを渡さなかった場合(非相互的やり取り条件)や1個しか渡さなかった場合(不完全相互的やり取り条件)には、サルはその人物をより多く回避しました。同様に1個しか渡さない場合でも、Aが最初からボールを1個しか持っておらず、なけなしの1個を渡す場合には(相互的やり取り不可能条件)、こうした回避は減少しました。つまりサルは、アンフェアで身勝手に振る舞う演技者を避けることがわかりました。

 研究1、2から、フサオマキザルは、自身がかかわらない第3者間のやり取りに注目し、そのやり取りから、あたかも「値踏み」をするかのように、それら人物に対する好みを形成し、働きかけの仕方を変えることがわかりました。

 これまで、チンパンジーが気前よく他者に食物を与える人物に近づく、あるいはその人物に食物を要求することを学ぶという報告はありますが、これには明らかに自身の利益に対する応答が含まれています。本研究では、サル自身の利益不利益には全く無関係な物体のやり取りであり、自身の利益に対する選好とは言えません。また、サルはどちらの人物を選んでも同じように食物を手に入れることができるので、一方を選ぶことを学習する機会も与えられていません。つまりこの行動は理性的判断なのではなく、自身の感情的状態に基づいた行動であると考えられます。したがってフサオマキザルには、ヒト同様に、第三者間の行動を感情的に評価する機能が備わっているものと結論づけられます。

波及効果

 第1に、本研究成果は、ヒトとは何かを考える上で、極めて重要な新規資料となります。自身にとって何も直接的利害のない第三者間のやり取りから、当事者の感情的評価をするのは、ヒトだけの特徴ではないということが示されました。これはヒトの心と動物の心の連続性を示す新たな資料であり、ヒト観のさらなる改訂を迫るものです。また類人ではなく、ヒトにつながる系統から3500万年以上前に分岐した新世界ザルの一種でこれが示されたことは、ヒトに向けた一本道の向上進化という、陥りやすい安易な考え方が誤りであることを雄弁に物語ります。

 第2に、本研究成果は、ヒトの大きな特徴である発達した協力社会の進化の解明にも重要な一石を投じるものです。この協力社会は「評判」の形成による間接互恵性により支えられていると考えられてきましたが、本研究は、評判形成の第1段階として必須の第三者評価能力が、動物にも分有されていることを示すものともいえ、発達した協力社会が、チンパンジーと分化した後に、突如として人類だけに出現したのではなく、思いのほか古い起源を持つ可能性を示しています。

 第3に、研究1でサルは、援助要請を拒絶する明白な行為を行った場合だけ人物を回避したので、これはフサオマキザルが他者の意図に関する感受性を持つことを示すものかもしれません。こうした他者の心的状態の認識に関して、サルではこれまで明瞭な結果が得られていませんが、本研究はこうした初歩的な心の理論がより多様な動物に分有されている可能性を示唆します。

今後の予定

 今回示された行動は、援助しない、返礼しないなど、身勝手でアンフェアな行動を取る第三者に対して示される、いわば嫌悪です。これはヒトの発達初期に見られる行動に類似しており、その起源の相同性を示唆するものと考えることもできます。しかしその一方で、ヒトは公正な人物に対して好感を抱きます。こうしたポジティブな行動の変化が、フサオマキザルにも見られるのか否かを調べることが次の課題であり、それを示すことができたならば、このサルの第三者評価とヒトのそれが相同なものであることを、さらに明瞭に示すことができ、ヒトの心と動物の心の連続性をより強く裏付けることができるでしょう。

 この他者評価能力が実際に社会において機能し、さらにそれが協力社会にまで高められるためには、その評価を気にして行動を調節する能力が重要であり、今後は、第三者に見られているときの社会的やり取りと、見られていないときのやり取りで何か違いがあるのかどうかを調べることが重要です。また、他方、こうした第三者評価がフサオマキザルだけの特異的なものなのか、あるいは他の霊長類やそれ以外の動物にも備わっているのか調べることも必要です。

 この課題は、意識や内省などと呼ばれる自身の心的状態への能動的アクセス(認知的メタプロセス)の能力の発生過程を、多様な種比較と発達比較を通じて解明し、それと多様な他者の心的状態の読み取り能力の関連性を明らかにしようとするプロジェクトの一環として行われたものです。今後もこのプロジェクトを推進し、他者理解の進化と発達ならびにそのメカニズムを明らかにしていきます。

本研究成果は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)「意識・内省・読心-認知的メタプロセスの発生と機能」(20220004)(代表:藤田和生)の援助を受けました。

用語解説

フサオマキザル

フサオマキザル(Cebus apella)は広鼻猿類(新世界ザル)に属する霊長類種で、アマゾン川流域を中心とする広い地域に生息している。ニホンザルやチンパンジー同様に複雄群を形成する。豊かな表情を持ち、社会的に大変寛容で、他者が自身の食物を取るのを許容するばかりか、積極的に他者に食物を与えることも観察される。弱者に美味な食物を与えることも、他者の協力に対する「感謝」を示すことも分かっている。実験室や野生状態における道具使用能力においても、チンパンジーを除けばヒト以外の霊長類の中では際だっており、台石とハンマーの石を使って、ヤシの実を割る行動はよく知られている。手先が器用で学習能力も高いことから、北米では肢体不自由者の介助ザルとして活躍している。

間接互恵性

ヒトの社会は協力によって成り立っている。協力し合うことによって互いに利益を手にする場合もあるが、協力には見返りが期待できないものも多く、ヒトがなぜこのように協力的な種になったのかは進化の大きな謎のひとつである。間接互恵性は、ヒトに見られるこうした不適応にも思われる協力を可能にするメカニズムの一つとして進化生物学で提案されたもので(Nowak & Sigmund, 1998)、「情けは人のためならず」ということわざに示されるように、協力行動が「評判」を高め、それが回り回って自身に利益をもたらすことである。これが成立するためには、その集団の成員が自身には直接の利害のない他者間のやり取りを監視し、それにもとづいて評価を下す能力が第1段階として必要である。

書誌情報

[DOI]

研究1

Anderson, J. R., Kuroshima, H., Takimoto, A., & Fujita, K. (2013). Third-party social evaluation of humans by monkeys. Nature Communications 4, Article number: 1561 (2013)

研究2

Anderson, J. R., Takimoto, A., Kuroshima, H., & Fujita, K. (2013). Capuchin monkeys judge third-party reciprocity. Cognition, 127(1), 140-146 (2013)


  • 朝日新聞(3月6日 37面)、京都新聞(3月6日 26面)、産経新聞(3月6日夕刊 10面)、中日新聞(3月6日 29面)、日本経済新聞(3月6日 14面)、毎日新聞(4月3日 27面)および読売新聞(3月7日 37面)に掲載されました。