金属で厳重に遮へいされた爆発物の非破壊測定法を発明

金属で厳重に遮へいされた爆発物の非破壊測定法を発明

2009年4月29日

独立行政法人 日本原子力研究開発機構
京都大学

 日本原子力研究開発機構(理事長・岡﨑俊雄、以下「原子力機構」という。)量子ビーム応用研究部門の早川岳人研究主幹ら、京都大学(総長・松本 紘)エネルギー理工学研究所の大垣英明教授および産業技術総合研究所(理事長・野間口有)計測フロンティア研究部門の豊川弘之主任研究員の共同研究グループは、高い透過力を有するガンマ線を用いて、厚い金属で厳重に隠ぺいされた爆発物を非破壊で検出する方法を発明しました。

 この研究の成果は、5月9日付の Review of Scientific Instruments 誌に掲載されます。

研究成果の概要

 爆発物は一般に多量の炭素や窒素を含んでおり、その組成はそれぞれ異なります。そのため、炭素と窒素の量を同時に計測できれば、隠ぺいされた爆発物の検知および、同定が可能です。
  本研究グループは、レーザー・コンプトン散乱ガンマ線による原子核共鳴蛍光散乱を用いて、隠ぺいされた物質に含まれる複数の元素を同時に非破壊測定する手法を考案しました。さらに爆発物の模擬物質として広く用いられているメラミンを対象に原理実証実験を行いました。厚さ15mmの鉄と厚さ4mmの鉛で遮へいされたメラミンに、4~5MeVのエネルギーの幅を持つガンマ線を照射し、炭素と窒素の組成比を計測しました。計測した組成比がメラミンの組成比と一致したことにより、本手法の有効性が示されました。
  従来、厚い金属で隠ぺいされた爆発物や有害物質を非破壊で検知する手法は確立していませんでした。本成果は、隠ぺいされた爆発物等の非破壊測定を可能にするものであり、港湾におけるコンテナ内の爆発物検知等に利用できる可能性があります。また、塩素やアルミニウムも同時に計測でき、様々な可能性を秘めています。

背景

 厚さ数cmの金属遮へいを破壊することなく、内部の化学物質を識別する確立した装置はない。このような装置があれば、港湾において輸入されたコンテナの内部を非破壊で測定することができ、爆発物や密輸入の対象であるような有害物質を検知することが可能になる。また、空港や港湾に出入りするトラックの荷台に隠ぺいされた爆発物等を検知することも可能になる。このような検査装置については、実際に様々な研究開発が行われている。
  マサチューセッツ工科大学のW. Bertozzih教授が設立したPassport Systems Inc. ( http://www.passportsystems.com/)では、従来型の制動放射ガンマ線を用いた原子核共鳴蛍光散乱による、トラックの検査装置の開発を行っている。また、日本の税関も従来のX線装置より強力な透過力を有する検査装置の導入を必要としており、実際に横浜税関から2007年に委託を受けた産業技術総合研究所等が、「次世代X線を活用した検査に関する技術調査」を行った。このように、より大型で透過力の高い検査装置が世界的に求められている。
  一方、原子力機構を中心とする研究組織は、放射性同位体の非破壊測定法の研究開発をすすめてきた。この手法は、目的とする放射性同位体に合わせて調整したレーザー・コンプトン散乱(laser Compton scattering: LCS)ガンマ線を照射し、原子核蛍光共鳴散乱(Nuclear Resonance Fluorescence: NRF)で発生したガンマ線を計測することで、目的とする放射性同位体を測定する手法である(平成21年3月6日プレスリリース、「ガンマ線ビームを用いて隠れた同位体の位置と形状を測定」)。
  上記の手法では目的とする1種類の放射性同位体しか測定できなかったが、今回は複数の安定同位体を同時に測定できるように手法を改良したことで、爆発物等の非破壊測定が可能になった(「原子核共鳴蛍光散乱を用いた非破壊検査システム」特願2009-051497、2009年3月5日出願)。さらに、この新しい測定法の原理実証実験を行ったのが今回の成果である。

原理

 本測定法では、4~5MeVの高エネルギーかつ限定的なエネルギー幅を有するガンマ線をプローブとして用いることが特徴である。
  高エネルギーのガンマ線は、数cm程度の厚さの鉄を十分に透過する。また、原子核と相互作用して原子核蛍光共鳴散乱(NRF)を起こす。NRFによって放出されたガンマ線を測定することで内部に存在する原子核の種類と量を知ることができる(図1参照)。
  また、エネルギー幅を有するガンマ線を照射した場合、同時に数種類の原子核に作用しNRFが発生するため、複数の原子核の種類と量を同時に測定できる。
  このような特定のエネルギー幅を有するガンマ線を生成する手法が確立していなかったため、本測定法はこれまで考案されていなかった。任意のエネルギー幅を生成できるLCSガンマ線源の発展により、このような非破壊測定法が可能になったのである。

図1 測定原理。同位体(核種)には、固有の励起状態が存在する。励起状態と等しいエネルギーのガンマ線が照射された場合、原子核はそのエネルギーを吸収し、続けて同じエネルギーのガンマ線を放出する。この放出されたガンマ線のエネルギーと量を計測することで、炭素-12や、窒素-14等の対象試料に含まれる核種の種類と量を知ることができる。

実験

 本手法の有効性を確認するために、爆発物の模擬物質として炭素と窒素を多く含むメラミンを用いて実証実験を行った。実験には、産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の放射光施設TERASに設置されたLCSガンマ線装置を用いた(図2参照)。炭素と窒素の同時計測には、4~5MeVのエネルギー領域を有するガンマ線が必要である。そこで、530MeVの電子と1064nmの波長のレーザーを衝突させて最大エネルギーが5MeVのガンマ線を発生させ、鉛コリメーターで散乱角度を調整し4~5MeVのLCSガンマ線を生成した。このLCSガンマ線を15mmの厚さの鉄と4mmの厚さの鉛を透過させて対象試料であるメラミンに照射した。模擬物質の炭素-12および窒素-14からNRFにより放出されたガンマ線を高分解能ガンマ線検出器で計測した(図3参照)。
   遮蔽された物質中の炭素と窒素の比を、ガンマ線のエネルギースペクトルのピーク面積から求めた。検出器の検出効率等の補正後、炭素と窒素の比は炭素/窒素=0.39±0.12であり、メラミンの炭素/窒素=0.5と誤差の範囲で一致した。したがって、本計測法の有効性が実証された。

図2 実験配置図

 

図3 (左)入射したレーザー・コンプトン散乱ガンマ線のエネルギー分布。4~5MeVの範囲で強度が高い。(右)高分解能ガンマ線検出器で計測した、対象試料からの散乱ガンマ線のエネルギースペクトル。炭素-12( )と窒素-14( )にそれぞれ固有の励起エネルギーと等しいエネルギーのガンマ線ピークが測定された。また、遮へいに用いた鉛に含まれる鉛-208( )の散乱ガンマ線も測定されている。

意義

 本手法により、数cmの厚さの鉄などで隠ぺいされていても、非破壊で内部の化学物質を検知・同定が可能になる。一般的な爆発物は窒素を多量に含んでいることが知られており、高精度に窒素/炭素の比や、窒素/酸素の比を計測することで、ダイナマイトやニトログリセリン等の爆発物の種類を特定可能である。また、同時に塩素やアルミニウム等他の元素も測定可能であり、金属を透過した非破壊測定において様々な可能性を秘めている。
  原子力機構では、高輝度のLCSガンマ線源の開発を進めており、本研究でLCSガンマ線による非破壊測定法の実証が行われたことで、今後、本測定法の実用化への道筋が示された。

 

  • 京都新聞(4月30日 22面)および科学新聞(5月15日 4面)に掲載されました。

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