ガンマ線ビームを用いて隠れた同位体の位置と形状の測定に成功

ガンマ線ビームを用いて隠れた同位体の位置と形状の測定に成功

2009年3月6日

独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人産業技術総合研究所
京都大学


左から羽島良一 日本原子力研究開発機構 グループリーダー、産業技術総合研究所 豊川弘之 主任研究員、大垣英明 エネルギー理工学研究所 教授

 独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長・岡﨑俊雄)量子ビーム応用研究部門の羽島良一グループリーダーら、独立行政法人産業技術総合研究所(理事長・吉川弘之)計測フロンティア研究部門の豊川弘之主任研究員および京都大学(総長・松本 紘)エネルギー理工学研究所の大垣英明教授の共同研究グループは、高エネルギー電子とレーザーを衝突させて発生するガンマ線ビーム「レーザー・コンプトン散乱ガンマ線」を用いて、厚い鉄板に覆われた物体を、その構成元素の同位体を特定した上でその位置と形状を測定することに初めて成功しました。

 従来技術であるX線透過撮像法は、物体の密度の違いからその内部の形状を認識することが可能ですが、物体に含まれる同位体を識別することはできませんでした。原子力発電所で取り扱う燃料棒や放射性廃棄物には、核分裂物質を含めてさまざまな同位体が含まれています。物体に含まれる同位体の濃度、位置、形状を非破壊で測定することは、安全かつ効率的な核燃料サイクルのために必要とされていました。

 そこで、同研究グループは、それぞれの同位体が固有のエネルギーのガンマ線と選択的に反応する原子核共鳴蛍光散乱とよばれる現象に着目しました。この現象を利用し、検出したい同位体に合わせてガンマ線のエネルギーを選んで物体に照射し、物体から散乱されるガンマ線を検出することで、この同位体の存在を検出することができます。実験は、産業技術総合研究所の電子加速器(TERAS)を用いて行われました。厚い(15mm以上の)鉄板で覆われた20mm角の鉛ブロック(鉛の同位体鉛208を含む)を試料としました。この試料にエネルギー5.5MeV(鉛208の共鳴エネルギーと同じエネルギー)、太さ1.3mm のガンマ線ビームを照射位置を変えながら照射し、試料から散乱するガンマ線を計測することで、厚い鉄に覆われた鉛ブロックの位置と形状を取得することに成功しました。

 同研究は、レーザー・コンプトン散乱ガンマ線の利用として、放射性廃棄物に含まれる長寿命核種の濃度計測、貨物中に隠ぺいされた核物質や爆発物の検知等への利用が期待されます。

 この研究の成果は、3月6日付の Applied Physics Express 誌に掲載されます。

背景

 医療のためのレントゲン撮影や、空港での荷物検査など、X線を使って物体内部を透視する技術は広く用いられている。このようなX線透視は物体内部の密度の違いから、その形状と材質(金属とプラスチックの区別など)を測定するが、数cmの厚さの鉄などで遮へいされた場合には、内部を透過して見ることはできない。また、このようなX線透視装置では物体を構成する元素の同位体を識別することはできない。例えばセシウム元素には、同位体Cs-133(非放射性)とCs-134、Cs-135、Cs-137(放射性)が存在するが、この4種類の同位体はほぼ同じ密度をもち、X線に対する振る舞い(透過率と吸収率)も同じであるため、X線透視では区別できない。原子力発電に伴い発生する廃棄物中には、このようなセシウムをはじめさまざまな同位体が含まれているが、同位体を識別した上で物体内部を透視する技術は実用化されていなかった。

 同研究グループは、同位体を識別した透視が可能であるガンマ線を使った原子核共鳴蛍光散乱(Nuclear Resonance Fluorescence、以下NRFという。)を用いた。同位体の原子核は、その構成要素である陽子と中性子の数により、固有の振動数(励起準位)をもつ。この振動数に一致したエネルギーをもつガンマ線を入射した時に現れる蛍光を観測することで、同位体の存在を知ることができる。また、NRFで用いるガンマ線のエネルギーは数MeVであり、数cmの鉄板を通り抜けることができるので、厚い遮へいを通した内部の透視が可能である。

 NRFで用いるガンマ線は、同位体原子核の固有振動に同調した狭いエネルギースペクトルをもっていることが望ましい。同研究グループは、このようにエネルギーのそろった(単色の)ガンマ線発生のために、レーザーと電子の衝突散乱である「レーザー・コンプトン散乱」を用いた。

原理

 図1に本研究の測定原理を示す。それぞれの同位体には固有の励起状態があり、測定したい目的の同位体の励起エネルギーに合わせたガンマ線を照射する。対象物質中の目的としない同位体とはガンマ線は基本的には相互作用しない。そのため、ほとんどのガンマ線は透過するか、原子により散乱する。もし、目的とする同位体が存在した場合には、原子核の励起・脱励起の反応(ガンマ線の吸収・放出)が発生する。この過程が原子核蛍光共鳴散乱である。原子核蛍光共鳴散乱によって、目的とする同位体に固有の励起エネルギーと等しいエネルギーのガンマ線が放出される。このガンマ線のエネルギーは数MeVあり、数cmの鉄などの遮へいを透過するのに十分なエネルギーを有している。

 

図1: 本提案の測定手法の原理。それぞれの核種(同位体)の原子核には、固有の励起状態が存在しており励起エネルギーはそれぞれ異なる。測定したい同位体(例えば、鉛208)に固有の励起エネルギー(例えば、5512keV)と等しいガンマ線を照射した場合、鉛208によって5512keVのガンマ線が吸収される。鉛208は励起状態から脱励起する過程で、励起エネルギーに等しいエネルギーのガンマ線をさまざまな方向に放出する。この同位体から放出されたガンマ線を検出することで、内部に隠された同位体の種類を知ることができる。

実験

 実験は、独立行政法人 産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の放射光施設TERASに設置されたレーザー・コンプトン散乱ガンマ線装置を用いて行った。TERASは放射光発生のための電子蓄積リングであり、電子が周回している。電子エネルギーは570MeVに調整し、1064nmの波長のレーザーと衝突させた。この衝突によって、最大エネルギーが5.7MeVのレーザー・コンプトン散乱ガンマ線が発生した。このガンマ線を対象試料に照射した。

 対象試料は、5cm×5cm×5cmの大きさの鉄ブロックである。内部に2cm×2cm×5cmの鉛ブロックを隠ぺいした。ガンマ線の照射面からは、鉄しか見えず、どの位置に鉛ブロックが位置しているかは分からない。

 

図2: 産業技術総合研究所の放射光施設(TERAS)における実験装置の配置図

 

図3: 実験で用いた試料と測定体系。試料は20mm角の鉛ブロック(鉛208を52%含む)を15mmの鉄板で囲ったものである。この試料にガンマ線ビームを照射し、試料中の鉛208による原子核共鳴蛍光散乱で発生するガンマ線をGe検出器で測定した。

 

図4: 加速器室内の写真。左側のレーザー装置から、レーザー光が照射されている。

 試料から散乱されたガンマ線は、ガンマ線の照射軸に対して90度の角度に配置した大容量のGe(ゲルマニウム)半導体検出器で測定した。Ge半導体検出器はガンマ線のエネルギーを高分解能(dE/E~0.2%)で計測可能である。したがって、鉛の原子核共鳴蛍光散乱ガンマ線が発生した場合には、Ge半導体検出器で計測できる。

 測定中、鉄ブロック中に隠された鉛ブロックの位置を探るために、ガンマ線を照射する位置を4mm間隔(一部2mm)で移動させ測定した。鉛が存在する位置では、鉛に含まれる鉛208の原子核共鳴蛍光散乱によって、5512keVのガンマ線が吸収された後に、放出される。90度に配置したGe半導体検出器で、この5512keVのガンマ線が測定できる。鉛が存在しない場合には、このような特定の共鳴によるガンマ線は放出されない。

 位置を変えて5512keVのガンマ線の強度を計測することで、鉄ブロック中に隠ぺいされた鉛の位置と形状を知ることができた。

 

図5: Ge半導体検出器で計測したエネルギースペクトルの一部。(a)ガンマ線の軸上に鉛が照射した存在した場合。(b)鉛が存在しない場合。鉛が存在している場合には、鉛208の5512keVの原子核共鳴蛍光散乱によるガンマ線が明瞭に測定できた。

 

図6: 取得された鉛ブロックの位置と形状。縦軸はガンマ線の照射位置、横軸は鉛208からの原子核共鳴蛍光散乱ガンマ線の検出量である。

意義・展望

 本実験により、われわれが提案したレーザー・コンプトン散乱ガンマ線を用いることで、従来は測定できなかった数cmの厚さの鉄等を透過して内部にある任意の元素(その同位体)を測定する技術が実現可能であることを実証した。

 現在、原子力機構では既存のレーザー・コンプトン散乱ガンマ線より、 倍輝度が高い装置の開発研究をすすめている。このような技術が実現すれば、放射性廃棄物中に含まれる放射性同位体の非破壊検出といった原子力利用のみならず、港湾、空港等におけるさまざまな透過型・非破壊検査が可能になる。

 

  • 日刊工業新聞(3月6日 20面)および読売新聞(4月20日 11面)に掲載されました。

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