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成体脳におけるニューロン新生の生理的意義の解明

2008年9月1日


左から今吉 格 研究員、影山 龍一郎 教授

 影山 龍一郎 ウイルス研究所 教授らの研究グループの研究成果が、米国科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」電子版(8月31日)に掲載されました。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 CREST型研究領域「生命システムの動作原理と基盤技術」研究代表者である影山教授らの共同研究として行われました。

論文名

「Roles of continuous neurogenesis in the structural and functional integrity of the adult forebrain」
(マウス成体前脳の構造および機能における継続的なニューロン新生の役割)

研究の背景

 従来、ニューロンの産生は発生期においてしか行われないと考えられていたが、ヒトを含めた哺乳類の成体の脳においても神経幹細胞が存在し、側脳室周囲の脳室下帯や海馬の歯状回といった特定の領域では、ニューロンの新生が一生涯続いている事が解ってきた。成体脳において新たに産出されるニューロンの中には、既存の神経回路に組み込まれるものもあるが、このようなニューロン新生が個体にとってどのような生理的意義を持っているのかはよくわかっていなかった。高次脳機能との関係についても多くの議論がなされているが、実験的なアプローチがなされた例は少ない。これは成体の神経幹細胞や新生ニューロン特異的に遺伝子操作を行うことが困難であったことが大きな要因であると考えられる。

研究の内容

 本研究チームは、薬剤投与により、成体脳に存在する神経幹細胞特異的に遺伝子組み換えを誘導できるトランスジェニック(Tg)マウスを作製した。この Tgマウスを用いて、成体脳神経幹細胞から産生される新生ニューロンの選択的標識と除去を行った。嗅球においては、12ヶ月の間に顆粒細胞の多くは新生ニューロンに置き換わっている事が明らかになった。また、新生ニューロンの供給を阻害したマウスの嗅球では、顆粒細胞の数が経時的に減少する事から、ニューロン新生は嗅球の顆粒細胞の数、及び神経回路の維持に必須である事が解った。一方、海馬・歯状回においては、ニューロン新生により顆粒細胞の総数が増加した。新生ニューロンの供給を阻害しても歯状回の組織構造そのものには異常は見られなかったが、野生型マウスで観察される顆粒細胞の増加が見られなかった。これらの結果より、マウス成体脳におけるニューロン新生は、脳の構造と機能にとって重要な役割をしている事が解った。特に、嗅球においては多くの顆粒細胞が新生ニューロンに置き換わっている事から、神経新生は嗅覚神経回路の再構成に寄与している可能性が示唆される。一方、歯状回においては、既存の神経回路の増幅に寄与している可能性が示唆された。さらに、新生ニューロンの供給が途絶えたマウスに対して行動解析を行ったところ、臭いの識別や嗅覚記憶には顕著な異常は見られなかったが、海馬依存的な空間記憶や条件記憶の形成が障害されることが明らかになった。

今後の展望

 今回の研究成果から、マウス成体脳におけるニューロン新生の全体像と機能的意義が明らかになった。今後、成体脳で新生したニューロンが既存の神経回路に取り込まれる様式や機能的意義について詳細を明らかにすることは、神経系の再生医療実現への基礎となる事が期待される。

  • 朝日新聞(9月1日夕刊 9面)、京都新聞(9月1日 24面)、産経新聞(9月1日 2面)、日刊工業新聞(9月2日 22面)、日本経済新聞(9月1日 42面)、毎日新聞(9月1日 3面)および読売新聞(9月1日 2面)に掲載されました。