物理・生命・社会といった複雑なシステムでは、構成要素が同時に関係し合う高次相互作用が、創発的な変化や多様な振る舞いを生み出すうえで本質的な役割を果たしていることが明らかになってきています。こうした高次相互作用は脳のような生物のネットワークにおける情報の表現や、人工ニューラルネットワークの性能向上にも関与していると考えられています。しかし、それらを一貫した原理に基づいて扱える理論的枠組みは、これまで十分に整備されていませんでした。
島崎秀昭 情報学研究科准教授(兼:北海道大学客員准教授)、Miguel Aguilera スペイン・バスク応用数学センター(Basque Center for Applied Mathematics)研究員、Pablo A. Morales 株式会社アラヤ主任、Fernando E. Rosas 英国サセックス大学(University of Sussex)助教らによる国際共同研究チームは、統計物理学の最大エントロピー原理を拡張し、曲がった統計多様体上で定義される新しいニューラルネットワークモデル「Curved Neural Networks(曲がったニューラルネットワーク)」を提案しました。このモデルはRényi(レーニ)エントロピーに基づく変形指数分布を用いることで、従来のペア相互作用のみを記述したネットワークでは実現できなかった高次相互作用を自然に組み込むことができる新しい枠組みです。
本研究ではこの新しい曲がったニューラルネットワークを通じて、以下の3つの重要な現象を発見しました。(1)記憶想起状態における従来と異なる爆発的相転移の発現、(2)記憶検索を飛躍的に加速する自己調節アニーリング機構、(3)記憶容量とロバスト性の柔軟な制御が可能であることの発見、です。これらの発見は記憶の表現や検索の効率を飛躍的に向上させる新たな仕組みを提供するものであり、今後の人工知能技術の発展に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2025年7月24日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

「この論文は複雑系における高次相互作用(HOIs)の影響を理解するためのエレガントなアプローチを提示しています。特に印象的なのは、一般化された最大エントロピー原理がモデルパラメータの指数関数的な増加なしにHOIsを効果的に捕えることで、魅力的な現象の研究を可能にしている点です。これにより、爆発的な秩序-無秩序相転移や多安定性を示すシステムを研究できます。これらはハードコードされたものではなく、記憶空間を構築する方法から生じるものです。」(Pablo A. Morales)
「私は特に、高次相互作用を持つ系から爆発的相転移を引き起こす基本的メカニズムとして、自己調節型のアニーリングが発見されたことに興奮しています。このメカニズムはよく知られた焼きなまし法に似ていますが、エネルギーと温度の間に独特のフィードバックが存在し、系が自己制御することが特徴です。フィードバックシステムは生命システムの顕著な特徴であり、人工の神経システムにこのような自己制御メカニズムが現れることを、私は特に魅力的だと感じています。」(Fernando E. Rosas)
「曲がった統計的空間でニューラルネットワークを作り、ニューロンの非線形性や高次相互作用を理論的に扱いたい!――そんなシンプルなアイデアから始まった研究は、この発想に共感する仲間たちとの対話を通じて発展し、記憶想起の予想外のふるまいを明らかにしました。予期せぬ展開を仲間たちと追う時間は刺激的でした。本研究は、記憶の高速想起や適応的制御を可能にする枠組みを提示し、AIの新たな設計指針を提案するものと考えています。」(島崎秀昭)
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41467-025-61475-w
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/295486
【書誌情報】
Miguel Aguilera, Pablo A. Morales, Fernando E. Rosas, Hideaki Shimazaki (2025). Explosive neural networks via higher-order interactions in curved statistical manifolds. Nature Communications, 16, 6511.