神経ネットワークの可塑性を支えるRNAの機能に即した化学修飾を明らかにしました

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公開日

王丹 高等研究院物質ー細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)特定拠点准教授、飯田慶 医学研究科特定助教らのグループは、マウス前脳領域の神経細胞と神経細胞の間に形成される接合部位(シナプス)を対象に、m6A(RNAへのメチル化の一種)修飾を受けたmRNAの存在を網羅的に調べ、シナプス形成にかかわるmRNAの多くがm6A修飾を受ける様子を明らかにしました。

本研究成果は、2018年6月28日に英国の科学誌「Nature Neuroscience」のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

左から、王 特定拠点准教授、飯田 特定助教

脳の機能発達と学習の仕組みは脳科学における未解明の重要課題の一つです。私たちは神経細胞のシナプス形成の分子メカニズムに注目しました。今回の研究ではDNA分子からのコピーであるRNA分子がさらに化学的に変化し、その変化が、シナプス形成に必要なタンパク質をつくることに重要であるという、新しいメカニズムを発見しました。

本研究で見出した化学変化が、知的障害に関わる遺伝子から転写される多くのRNA分子に生じる現象は興味深いものです。一般的に、メチル基が付加されるとRNA分子が不安定になり分解されやすくなりますが、知的障害に関わるRNA分子が不安定になるのか、遺伝要因と環境要因の影響で安定化することで発症につながるのか、知的障害の原因解明の足がかりになる課題として一刻も早く解明したく思っています。

概要

本研究グループは、マウスの脳内に含まれる神経細胞のシナプスと呼ばれる末端部分に局在するm6A修飾されたmRNA(メッセンジャーRNA)を網羅的に調べることに成功しました。そして、その多くが細胞接着や、神経シグナル伝達に関わるタンパク質を作り出すものであり、さらには、知的障害などの神経疾患に関わる遺伝子であることを見出しました。また、神経細胞のみならず、神経細胞を取り巻くグリア細胞で働く遺伝子もシナプス形成に重要であることを示しました。

その結果、mRNAはDNAと比べ分解されやすく、刺激によって素早くシナプス形成を制御するなど、m6A修飾されたmRNAが神経ネットワークの柔軟な可塑性に役立つことがわかりました。

本研究成果により、シナプスにおけるm6A修飾されたmRNAが知的障害などの神経疾患に対する創薬の ターゲットとして有望であることが⽰唆されました。本研究を起点として、学習など外界からの刺激に対して、神経細胞が柔軟にその繋がり方を変化させる方法の分子的基盤を探索する研究へ展開することが期待されます。

図:マウス生体内では、m6Aが制御するタンパク質は海馬神経細胞の樹状突起に存在する。(上)m6A修飾をほどこすタンパク質。(中)m6A修飾をはずすタンパク質 。(下)m6A修飾を感知するタンパク質

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41593-018-0173-6

Daria Merkurjev, Wan-Ting Hong, Kei Iida, Ikumi Oomoto, Belinda J. Goldie, Hitoshi Yamaguti, Takayuki Ohara, Shin-ya Kawaguchi, Tomoo Hirano, Kelsey C. Martin, Matteo Pellegrini, Dan Ohtan Wang (2018). Synaptic N6-methyladenosine (m6A) epitranscriptome reveals functional partitioning of localized transcripts. Nature Neuroscience, 21(7), 1004-1014.