ワイン酵母が自発的にブドウを発酵するための条件を解明―ワイン誕生の謎に迫る発見―

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 渡辺大輔 農学研究科准教授(現:奈良先端科学技術大学院大学准教授)と橋本渉 同教授は、ワイン作りに欠かせない酵母という微生物がブドウ果皮に適応する現象を実験室内で再現することに成功しました。

 ワインをはじめとする酒類の製造では、原料に由来する糖分をエタノールに変換するアルコール発酵が行われ、アルコール発酵を行う微生物である酵母の存在が必要不可欠です。現代の醸造産業では、あらかじめ調製した酵母を大量に添加することで安定的にアルコール発酵を開始させるのが一般的ですが、酵母の存在が広く知られていなかった近世以前には、外界から酵母が原料中に混入し自発的にアルコール発酵を引き起こすのに任せていました。では、その酵母はそもそもどこからやって来たのでしょうか。

 本研究では、ワインの原料であるブドウに由来する微生物叢の解析を行い、高いアルコール発酵能を有する酵母は検出されないことを示しました。一方、ブドウを乾燥貯蔵させることで生じるレーズンには高頻度でアルコール発酵能を有する酵母が存在し、レーズンを復水することで優占的な生育を示しました。この「レーズン酵母」こそがワインの原型の一つと呼べるものかもしれません。本来ブドウに常在していない酵母が自発的にアルコール発酵を行うためには、レーズン作製時に見られるように、周囲の環境などからブドウ果皮に付着した酵母がうまく適応し生育する必要があります。そこで、ブドウ果皮常在菌に着目した結果、植物表層成分を分解・消費する多彩な特性を有することが見いだされ、酵母のブドウ果実内部の糖分へのアクセスをサポートしていることを実験的に明らかにしました。

 本研究は、発酵食品において、発酵原料・発酵微生物だけでなく原料に元々住み着いている常在菌も加えた3者間相互作用の意義を解明したものであり、醸造の起源や成り立ちを考える上で重要な示唆を与えるものです。自然界における微生物生態系の構築原理の解明にも貢献することが期待されます。

 本研究成果は、2023年6月20日に、国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

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ワインの起源において想定される微生物間相互作用
研究者のコメント

「発酵・醸造の起源に関して証明が難しい様々な通説がありますが、本研究では実験的手法によりワイン誕生の謎に迫る発見が可能となりました。我々の研究は、原材料を発酵食品へと変換する微生物の力を見いだした人類の足跡を辿る旅であり、現代の発酵技術にも応用可能な知見を再発見する意義を有しています。」(橋本渉)

「アルコール発酵を行う酵母は人類にとって馴染み深い微生物ですが、その生きざまについてはいまだに多くの謎が残されています。本研究によってワイン酵母はブドウに住み着いていないことが明確になりましたが、本来の住処はどこなのかという新たな謎が生まれました。解明に向けて今後も挑戦を続けます。」(渡辺大輔)

研究者情報
書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41598-023-35734-z

【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/283428

【書誌情報】
Daisuke Watanabe, Wataru Hashimoto (2023). Adaptation of yeast Saccharomyces cerevisiae to grape-skin environment. Scientific Reports, 13:9279.

メディア掲載情報

産経新聞(6月21日 22面)および朝日新聞(8月15日 21面)に掲載されました。