超高磁場MRIで見る霊長類「全脳」神経回路の多様性―分野横断型の霊長類脳標本画像リポジトリ:ヒト脳と精神・神経疾患の理解を加速する国際研究基盤―

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 新宅勇太 野生動物研究センター特定准教授、宮部貴子 ヒト行動進化研究センター助教、濱田穣 名誉教授、酒井朋子 慶應義塾大学助教、岡野栄之 同教授、岡野ジェイムス洋尚 東京慈恵会医科大学教授、太田裕貴 同講師、曽我部和美 同大学院生、畑純一 東京都立大学准教授、南本敬史 量子科学技術研究開発機構グループリーダー、平林敏行 同主幹研究員、定藤規弘 生理学研究所教授(兼任:立命館大学教授)、大石健一 ジョンズ・ホプキンス医科大学准教授、森進 同教授らによる国際連携研究グループは、霊長類の「全脳」の神経回路を3次元上で高精細に可視化した脳画像を収集し、霊長類脳標本画像リポジトリを開発しました。

 近年、磁気共鳴画像(MRI)法などの非侵襲的な医用画像法やコンピュータ技術の発展により、ヒトと近縁な霊長類を比較して、ヒトの脳の進化的な共通性や多様性を解明し、精神・神経疾患の病態の理解や予測の実現をめざす霊長類比較脳イメージングが注目されています。日本では、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」で、非ヒト霊長類モデルの脳画像データベースの開発が進んでいます。最近では、本プロジェクトから小型霊長類のマーモセットの脳画像データベースが公開されました(https://dataportal.brainminds.jp/marmoset-mri-na216)。

 本プロジェクトおよび戦略的国際脳科学研究推進プログラムとの連携体制をもつ本研究グループは、世界最大級の霊長類脳標本コレクションを対象に、超高磁場MRI装置を用いて、脳標本を切り出すことなく神経線維の連絡性を可視化した拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging; DTI画像)を撮像する顕微鏡的MRI技術を開発し、体重100gほどのマーモセットから体重38㎏のチンパンジーにまでわたる霊長類種の神経回路の多様性を全脳レベルで描出することに成功しました。本脳画像リポジトリは、今回の発表論文で第2フェーズへと入り、さらに、多様な霊長類の脳情報を包括的に提供することで、データ駆動型科学を通したヒト脳の特徴や精神・神経疾患の解明に貢献しています。

 本研究成果は、2023年4月7日に、国際学術誌「Neuroimage」から依頼され、論文がオンライン掲載されました。

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霊長類「全脳」神経回路の多様性
左から順に、ボリビアリスザル、ノドジロオマキザル、クロザル、チベットモンキー、チンパンジー
研究者のコメント

「日本モンキーセンターが長年にわたり作成し、保存してきた霊長類の脳標本が、現在の科学技術の発展によって新たな成果をもたらしました。多くの先人たちが地道に積み重ねてきた標本作成と保存のための努力に改めて敬意を表するとともに、その歴史の一端を担ったことへの責任、そして何よりも、時を経て受け継がれた博物館資料のもつ可能性がまだまだ広がっていくことへの期待感を、この研究にかかわったことで感じています。」(新宅勇太)

「2010年に京都大学の大学院生だった私は、医学部で森先生のセミナーを拝聴し、ヒト脳の拡散テンソル画像研究の美しい世界に感銘を受けました。その後、『この手法で霊長類の脳領域の"つながり"も見たい』という夢を抱いていました。8年後にその夢が実現し、さらに5年後にはこれらの脳画像データを共有することで、国や分野を超えた多くの研究者と"つながり"を持つこともできました。このようなセレンディピティ(偶然の幸運)に感謝します。ここに至るまで多くの先生方や仲間にご教示やご支援をいただいたことに深く感謝します。本リポジトリを通じて、多くの人々に比較脳イメージング研究を知っていただき、ヒトの脳やこころに関する知的価値を創出できるよう、このような研究基盤の構築を続けて参りたいです。」(酒井朋子)

研究者情報
書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2023.120096

【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/282773

【書誌情報】
Tomoko Sakai, Junichi Hata, Yuta Shintaku, Hiroki Ohta, Kazumi Sogabe, Susumu Mori, Takako Miyabe-Nishiwaki, Hirotaka James Okano, Yuzuru Hamada, Toshiyuki Hirabayashi, Takafumi Minamimoto, Norihiro Sadato, Hideyuki Okano, Kenichi Oishi (2023). The Japan Monkey Centre Primates Brain Imaging Repository of high-resolution postmortem magnetic resonance imaging: The second phase of the archive of digital records. NeuroImage, 273:120096.