細胞が集団で動く仕組みを探る -コンピュータシミュレーションによるメカニズム解明-

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山本量一 工学研究科教授、John Molina 同助教、Simon Schnyder 福井謙一記念研究センター特定研究員らの研究グループは、基板上を自走する細胞をバネでつながった二つの円盤としてモデル化し、多数の細胞が集団で運動する様子を再現することに成功しました。生体組織内部で見られる細胞の複雑な集団運動が、実は非常に単純なメカニズムで起こっている可能性を示す結果です。

本研究成果は、2017年7月12日午後6時に英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

研究者からのコメント

山本教授

生物科学の分野でも計算科学の導入は始まっていますが、これまでの成功例の多くは、細胞内のDNAや蛋白質など、ごく一部の生体分子を対象としたものでした。多数の細胞からなる生体組織を対象とした場合、関与する分子が膨大な数に上ることに加え、細胞分裂などの非常に遅い現象をも考慮する必要があるため、既存の分子モデルをそのまま適用するのは不可能です。私たちの研究室では、粗視化モデリングと呼ばれる手法を発展させ、生体組織に対して有効なシミュレーション手法の構築を目指しています。本研究の最も顕著な成果は、膨大な数の分子からなる細胞に対して簡単な物理モデルを提案し、生体組織内部で見られる細胞の複雑な集団運動が、実は非常に単純なメカニズムで起こり得ることを示したことにあります。

概要

生物が機能を発現する際に、複雑な細胞運動が重要な役割を果たしています。例えば、受精卵が胎仔に成長する胚発生のプロセスでは、個々の細胞の調和した集団運動によって健全な成長が実現されています。傷が治る過程でも、個々の上皮細胞が傷のそばへ移動する際に、組織だった集団運動を見いだすことができます。逆に、悪性腫瘍などでは細胞運動の調和がとれず、癌化した細胞の異常な増殖や組織中への侵食などが起こります。細胞の集団運動ではどのようにして個々の細胞が周りの細胞と相互作用し、大規模な運動を引き起こすのかは大きな謎となっており、生物学・医学・物理学などの様々な分野において研究者の興味を引きつけています。

細胞は内部で起こる複雑な生化学プロセスの結果として周りの状況に応答することができます。例えば、複数の細胞が接触するような状況が発生すると、お互いに干渉を避けるような運動が応答として得られます。この現象は「細胞遊走の接触阻害(CIL)」と呼ばれ、細胞の集団運動の発現に重要な役割を果たしていると考えられているものの一つです。

本研究グループは、実際の細胞集団が示す種々の複雑な集団運動を再現することができる、簡単な細胞モデルの構築に成功しました。このモデルでは、基板上を遊走する細胞をバネでつながった二つの円盤(仮足部分を表す前部の円盤と細胞本体を表す後部の円盤が細胞骨格で結合されたもの)として表現し、円盤間の距離で示される細胞の伸びに依存した推進力を導入することで、接触阻害の効果を取り入れました。この簡単なモデルで、細胞が他の細胞と接触すると減速することや、基板上の細胞数密度の増加とともに不動状態に陥ることを正しく再現したのに加え、細胞の形が集団運動に大きな影響を与えることを発見しました。特に、前部の円盤が後部より大きい場合に、同じ方向に多数の細胞による集団移動が出現しやすいことを見出しており、実際の遊走細胞の形との類似性を指摘しています。

図:(a) 自走する細胞をバネでつながった二つの円盤でモデル化し、細胞の伸び(円盤間の距離)に依存した推進力を導入することで接触阻害(Contact inhibition of locomotion、CIL)を取り入れる。
(b) シミュレーション結果の一例。上部の混雑した渋滞領域に向かって自走する細胞の集団運動の再現に成功した。

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-017-05321-0

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/226397

Simon K. Schnyder, John J. Molina, Yuki Tanaka & Ryoichi Yamamoto (2017). Collective motion of cells crawling on a substrate: roles of cell shape and contact inhibition. Scientific Reports, 7, 5163.