水分子の向きが揃った結晶氷 -特殊な結晶氷の構造と生成メカニズムの解明-

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杉本敏樹 理学研究科助教、松本吉泰 同教授らの研究チームは、白金表面上に結晶成長させた氷薄膜中の水分子の特異な配向構造と、その熱力学的安定性を世界で初めて解明することに成功しました。「異種物質を基板として用いることで、従来とは異なる配向構造を持った固体物質が形成される」というコンセプトは新しい材料開発の指針となることが期待されます。

本研究成果は、2016年7月26日午前0時「Nature Physics」電子版に掲載されました。

研究者からのコメント

左から、松本教授、杉本助教

氷は我々に最も身近な物質の一つです。通常は,水分子の向きがバラバラになっているのですが,私たちの研究によって,水分子の向きが揃った特殊な氷(強誘電氷)が地球の極域上空や宇宙の広大な領域に遍く存在している可能性があることが判明しました。今後は、極域上空や宇宙空間の環境を実験室で再現し、具体的にどのような場所に強誘電氷が存在しているのか、この特殊な氷の存在が周囲の物理的・化学的環境にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにする実験を行いたいと考えています。

また、今回の研究成果により、物質中の分子の向きを制御する基礎的な学理を構築することもできました。これは、「同じ分子材料でも従来とは異なる配向構造や誘電的性質を持った新しい固体物質の合成が可能である」という事を示唆しており、物質科学の観点からも重要なコンセプトであると考えています。

本研究成果のポイント

  • 結晶氷表面1層の水分子の向きを配列させることで、結晶氷内部の水分子の向きも自動的に配向することが明らかになった。
  • 従来の定説では水分子の向きが揃った結晶氷は、氷自身の熱力学的な制約から72K(約-200度)以上の温度では存在できないと考えられていたが、今回発見した結晶氷では表面の1層の水分子の向きが定まっている効果により倍以上の温度の175K(約-98度)まで配向秩序が保持されることが明らかになった。
  • 氷という我々に身近な物質の新しい性質を解明し、向きの秩序をもった氷が地球の極域上空や宇宙に偏在している可能性を示した。これは、極域上空や宇宙で起こっている、氷の表面を舞台とした化学反応のメカニズムを分子レベルで解明する際の重要な知見となる。

概要

水分子は2個の水素原子と1個の酸素原子からなる分子であり、結晶氷は多数の水分子が互いに水素結合のネットワークを組んで規則正しく配置された固体物質です。しかし、通常の結晶氷では個々の水分子の向きは揃っておらずバラバラな方向を向いており、従来は配向の揃った結晶氷は72K以上の温度領域で存在できないと考えられてきました。

そこで本研究グループは、白金表面上に結晶氷を成長させ、レーザーを用いた最先端の分析技術を用いて構造解析を行いました。その結果、白金表面直上の水分子が水素原子を白金原子に向けた状態で配列し、その上の水分子の配向も同様に秩序化していることが明らかになりました。さらに、この結晶氷中の水分子の配向秩序は72Kよりも倍以上も高温の175Kまで保持されることが判明しました。これは、従来の定説を完全に覆すものです。

本研究の成果により、175K以下の温度環境下にある地球の極域上空や宇宙の広大な領域において、塵などの異種物質を核として凝集した氷は水分子の配向が揃った状態にある可能性が示されました。

白金表面に結晶成長させた強誘電氷薄膜の模式図。白金の原子との相互作用により、水分子は水素原子を白金原子に向けて配列している。その上の水分子の配向も同様の配向秩序を有している。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/nphys3820

Toshiki Sugimoto, Norihiro Aiga, Yuji Otsuki, KazuyaWatanabe and Yoshiyasu Matsumoto. (2016). Emergent high-Tc ferroelectric ordering of strongly correlated and frustrated protons in a heteroepitaxial ice film. Nature Physics.

  • 京都新聞(7月27日 23面)に掲載されました。

関連リンク

Thermodynamics of ice: Not obeying the rules/News And Views/Nature Physics