監事レポート06-4 「危機管理体制に関する監査報告」

監事レポート06-4 「危機管理体制に関する監査報告」

監事 : 原 潔、佐伯 照道

1. 主な監査項目

(1) 危機管理への組織的な取組状況

(2) 地震、火災、水害、事故等の減災対策、発生時の対応等に対する取組み状況

2. 監査対象部局等

総務部、医学部附属病院、理学部の他9学部、高等教育研究開発推進機構

3. 監査の方法

(1) 平成18年10月18日に理学部で学部長、事務部長等と部局における危機管理への取組みの現状と課題について面談し、その後、理学部所管建物、植物園を視察した。

(2) 平成18年10月24日午前に総務部長、総務課長等と全学的な危機管理への取組状況について面談し、同日午後、医学部附属病院で病院長、副病院長、事務部長等の担当者と医学部附属病院における危機管理への取組状況について面談した。

(3) 学部学生の在籍する理学部を除く学部及び高等教育研究開発推進機構を対象に危機管理体制について書面監査を実施した。

(4) 危機管理に関する既存資料の調査

4. 監査の結果

(1) 全学的な取組みの現状

大学における危機(リスク)には、業務上の錯誤、情報漏洩や交通事故等の日常的な事象から、地震・火災のような非日常的な事象まであるが、今回は、吉田キャンパスにおける災害等の非日常的な危機への対応状況を主な監査対象にした。

火災については、京都大学防火規程が制定され、総長の総括の下で部局毎に防火管理者をおいて防火活動を実施し、火災が発生した場合における消火・延焼防止のために自衛消防隊・団を置いている。

地震については、耐震補強対策を検討した地震防災検討会からの提案に基づき、施設等の耐震化推進方針が平成18年5月に策定された。同検討会の下で平成18年5月までに施設全面積のうち88%について耐震性能診断が実施され、残り12%についても18年度中に耐震診断を実施する予定になっている。それによると保有施設の25%について耐震補強が必要であり、今後、こうした総合的な耐震診断結果に基づく緊急度判定によって優先度の高い施設から耐震化を進められることになった。また当面の安全対策として、危険物品、ロッカー等の転倒防止、避難対策等についてガイドラインが提示されている。そして平成8年に策定された「京都大学における地震対策について」の全面的な見直しが行われつつあり、その第一歩として地震発生時の連絡網は、暫定版が策定された。

危機に対応した学生の安全確保については、学生部危機対応計画が学生部委員会「学生の安全対策検討WG」で策定されている。本計画は、学生の安全・安心に関する危機リストの評価に基づいて単一部局対応(レベル1)、複数部局対応(レベル2)、全学対応(レベル3)の3段階のレベルのうちレベル2以上の危機が発生した場合に実行すべき対応、どの部署がどのような対応をするかについてマニュアル化している。また危機対応業務の進め方についてICS(Incident Command System)を用いた基本的な考え方を示して、すべての組織レベルにおける危機に対応する標準的な組織運営システムのあり方を提示しており、今後、危機に対応した部局レベル、全学レベルにおける防災組織の見直しの指針となる。

しかしながらこうした全学的な方針や考え方が部局や教育研究の現場でどの程度、周知され実効的な危機管理体制になっているかについて全学的に把握がなされていない現状にある。現在、総務部では、災害だけでなく業務、情報、不祥事、事件・事故等について想定されるリスクの評価を行っており、それを基にして対応が不十分なリスクの洗い出しを行っている。

(2) 部局における取組み状況

実地監査をした理学部では、平成18年8月にこれまでの消防計画を全面的に見直し、火災予防、自衛消防、震災対策等について組織編成、点検組織・基準、点検表を併せて制定している。ただ、現時点では、新消防計画は、部局HPで公表され周知されたが、制定直後であり、点検活動等は未実施である。実地監査後、理学研究科1号館地下廊下ダクト部分が加熱して発火した事故が発生した。適切な初期消火で大事に至らなかったが、避難連絡・確認方法、自衛消防隊活動等に実施上の課題があることが明らかになった。また予防管理対策として日常の点検・啓蒙活動の重要性等を再認識する事故になった。

理学部以外の9学部及び高等教育研究開発推進機構へは書面により監査を実施した。その結果によると見直し中を含めて消防計画は策定されているものの、それに基づく火災予防教育訓練・点検活動を定期的に実施しているのは、5部局である。地震等の発生時における避難方法の周知等は、工学部を除いて実施されていない現状にある。また転倒防止等の対策も実施済みの薬学部の他は、危険物等を対象にして一部しか実施されていない状況である。

医学部附属病院では、院の内外で発生した災害に対する災害対策マニュアルを整備して災害規模のレベルに応じた救急医療体制、連絡体制を具体的に策定している。また災害時における大学病院間の相互応援体制や京都府救急医療情報システムに参画して、院外とのネットワーク体制を整備している。ただ災害、テロ等を想定した訓練が実施されているが、日常業務を行いながらの訓練なので参加できる関係者が限定されているため病棟ごとにチームとしてどれだけ対応できるのかは検証されていない。

5. 監査に基づく意見

(1) 実効性のある危機管理へ

危機管理は、教職員、学生が共に、リスクに対してその可能性、対応等について共通の認識を持つことが出発点である。ハラスメントや情報セキュリティーのような日常的なリスクから火災、震災の様な非日常的なリスクまで多様なリスクに対してこれを実現するのは、平穏なキャンパス環境のもとでは、困難な点が多い。しかしながら「構成員の安全・安心」を担保するためには、教職員、学生、特に新入生や新任教職員に対して、部局レベル、研究室レベルで学内における多くのリスクに対応するための資料を整備し、ガイダンスを実施する必要がある。

(2) 現場を重視した災害時の危機管理体制の構築

災害等の発生時に被害を軽減するには、発生現場で瞬時の適切な対応が求められる。その原点は「自らを守ること」を前提にして「右手は自分のために、左手はチームのために」をモットーにしたチームとしての行動である。そのためには、予め、研究室等で小チームを構成して対応を予習しておくことが必要である。チームを構成する人数は、一般に6-7人程度で構成するとリーダーが各人の行動を把握できるといわれている。全学レベルや複数部局で災害対応体制を立ち上げるのは災害の発生後、一定時間が経過した後にならざるを得ない。学生部危機対応計画でも部局レベルにおける災害時の具体的な対応は示されていないが、部局レベル、さらに研究室レベルで教職員、学生が小チームとして行動できるように危機管理に対する意識を共有し、行動する仕組みを構築することが、実効的な 減災のためには必要である。また一つの建物を複数部局が利用している状況が増加してきており、部局間で連携した危機管理の仕組みづくりが求められる。

医学部附属病院では、災害発生時の入院患者、外来患者の避難誘導のチームリーダー(病棟医長)、チームメンバーの役割分担や入院患者への避難経路の周知等は具体化されていない現状なので大規模な訓練のみならず、チームごとに事前確認、リハーサル、事後検証等を繰り返して関係者間の災害発生時の対応について 共通理解を得る必要がある。

法人化後、労働安全衛生法に対応して職場環境の安全性を阻害するリスクの軽減に向けた日常活動が行われ、成果を挙げつつあるが、火災や震災等に対しても日常的な啓蒙と検証によって、構成員がリスクに対して共通理解を持ち、実効性のある対応ができるように事業場毎の衛生委員会に準じた事業場防災委員会(仮称)といった仕組みが求められる。

(3) 危機管理体制の整備

  1. 危機管理専任組織の必要性
    現在は、原則として部局ごとに危機管理に対応することになっているが、火災、震災等の災害に関しては、多くの部局で学生も含めた現場での対応策が、十分には確立されていない現状にある。災害の規模によっては、避難方法・場所等について部局を越えて連携協力するべき多くの課題がある。こうした災害等への危機対応について、部局、部局間、全学のそれぞれのレベルにおける危機管理体制の進捗状況の把握や必要な支援をする組織、例えば、危機管理室等の専門的な組織を全学的機能として設置すること等を検討する必要がある。併せて現在、全学及び部局ごとに緊急時の連絡網は整備されているが、学生を含めた発見者等が第一報を入れる学内緊急電話番号を覚え易いものに統一することを検討してはどうか。
  2. 危機管理に関する諸規程の見直し
    これまでそれぞれのリスクに関する規程が必要に応じて整備されてきたため、規程の内容には精粗があり、リスク管理体制として整合性が十分ではない。例えば、ハラスメントや情報セキュリティーについては、発生したときの対応がガイドラインとして詳細に規定されている。一方、部局における震災、火災や水害、学内外における教職員・学生の関わる交通事故等のリスクへ対応する規程、ガイドライン等の整備状況は、全学的には十分把握されていない。また京都大学防火規程は、昭和43年に全面改定されてから見直されておらず、火災報知用サイレンの吹鳴や宿日直員、電話交換職員の役割等が記載されている等、一部現状の体制とあわない個所があり、実効的な防災体制の観点から全面的な見直しが必要である。
  3. 危機管理統計とその分析
    日常的業務におけるリスクを可能な限り少なくする方策の一つとして、多様なリスクが顕在化して事故やミス、盗難、不祥事に至った場合を危機管理統計として全学的に集めて、その原因、背景を分析することによって再発防止策の策定に役立てる必要がある。現在は、ケースごとに関係部局で処理されているが、これらをリスクの再評価に活用すると共に再発防止の観点から全学的に役立てる仕組みが必要である。

(4) 学外との連携体制の構築

これまでも消火訓練等については、消防署の協力を得て実施されてきているが、地震等の災害の時における地域自治体の防災体制に、大学として避難場所の提供、救命救急医療、ボランティア活動等による地域と連携した対応が必要になる。そのため事前に京都市、宇治市等の関係自治体との間で震災時の対応について協議し、連携協力体制を構築しておくことが必要である。現在も一部教員が専門的な立場から自治体の防災計画に参画しているが、規模の大きい事業所である京都大学として学内の防災体制の整備と共に地域の防災体制に組織的に関わることが大学の社会的な責任の一つとして求められる。