第2回湯川・朝永奨励賞授賞者を決定しました。

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酒井忠勝 名古屋大学大学院理学研究科准教授、杉本茂樹 東京大学数物連携宇宙研究機構教授 業績の要旨等

業績の題目

ホログラフィック量子色力学における低エネルギーハドロン物理学
Low energy hadron physics in holographic QCD

業績の要旨

 強い相互作用をする素粒子には、原子核を構成する陽子や中性子などのバリオン族と、湯川の予言したπ中間子などのメソン族があり、ひっくるめてハドロンと総称されています。ハドロンは実はさらに下の階層の基本粒子クォークからなる束縛状態です。強い相互作用は、クォークの持つ「カラー」電荷を源とする力で、量子色力学(Quantum ChromoDynamics)QCDというゲージ理論により記述されています。

 しかし、QCDゲージ理論で直接ダイナミクスを計算することは、相互作用が大変強いため、きわめて難しいことです。ところが10年ほど前に、3次元情報が2次元平面に投影されるホログラフさながらに、高次元の曲がった時空上の超弦理論が、4次元時空の超対称ゲージ理論と「等価」であるという「ゲージ理論/弦理論対応」が発見されました。しかも、ゲージ理論側の強結合極限が、弦理論側の弱極限に対応するので、4次元ゲージ理論で計算不可能だった物理量が、超弦理論や超重力理論を用いて簡単に計算できる、という可能性が生まれました。しかし、この対応を、現実の素粒子世界を記述するQCDゲージ理論に対して一般化できるのか、果たしてQCDに対応する超弦理論を見つけることが出来るのかどうかが、長年にわたる課題でした。

 酒井忠勝、杉本茂樹両氏の本業績は、これに対する美しい解答を世界に先駆けて与えたものです。QCDゲージ理論のゲージ場とクォーク場を再現するよう、10次元時空中に4次元膜と8次元膜のある特定の配位を考案し、その膜の存在によって曲がった時空上の超弦理論を構成したのです。酒井-杉本模型と呼ばれるこの超弦理論の模型は、クォークの質量の起源を与えるカイラル対称性の自発的破れを定性的にうまく説明するだけでなく、定量的にもクォークの束縛状態である種々なメソンの質量や結合定数などの実験データをかなりの精度で正しく再現しています。またバリオンもソリトンとしてうまく記述できることを明らかにしています。

 この仕事は、ハドロン物理学に対する新たなアプローチを切り拓く先駆的な研究として非常に注目され、「ゲージ理論/弦理論対応」をQCDの様々な側面に応用することが世界の研究の一つの大きな流れとなりました。特に、ブルックヘブンのRHICの実験や中性子星などで期待される高温ないしは高密度の下でのQCDの全く新しい相を予言し解析する実用的な手段として、酒井-杉本模型が広く用いられるようになっています。湯川博士の創刊したProgress of Theoretical Physics誌に発表された彼らの最初の2論文は、延べ600件にも迫る引用数を誇り、彼らの仕事が如何に世界的に注目されているかを如実に物語っています。