富士山入山料の効果について

富士山入山料の効果について

2013年6月4日


栗山教授

 富士山の世界遺産登録に関連して、入山料の徴収について議論が行われています。世界遺産に登録されることで、訪問者の増加が予想され、過剰利用による環境への影響が懸念されています。入山料が導入されることで、訪問者数を抑制することが期待されるとともに、地元自治体には入山料の収入が得られる効果が期待されています。しかし現時点では入山料の効果が不明であり、入山料導入への反対意見も強くあります。

 そこで栗山浩一 農学研究科教授らのグループは、環境経済学の分野で開発の進められた評価手法を用いて、入山料が導入されたときの効果を推定しました。

概要

(1)訪問者の抑制効果

  • 報道では500円~1,000円程度の入山料が検討されているが、入山料が一人あたり500円のときの抑制効果は2%、1,000円のときは4%
  • 屋久島と白神山地では世界遺産登録後5年間で訪問者数は30%以上増加した。仮に富士山の訪問者数が世界遺産登録により30%増加する場合、入山料のみで現状水準まで抑制するためには少なくとも一人あたり7,000円の入山料が必要

(2)入山料収入の効果

  • 入山料が一人あたり500円のときの収入額は年間1億5,637万円。1,000円のときは3億700万円

(3)訪問者への影響

  • 訪問者にとっての富士山の訪問価値は現状では一人あたり27,053円。ただし、訪問価値は世界遺産に登録されることで上昇する可能性がある。
  • 入山料が1,000円の場合、入山料による負担額は訪問価値の4%にすぎず、訪問者への影響は比較的低いと考えられる。

 以上のことから、500円~1,000円程度の入山料は訪問者への負担は比較的低く受け入れやすいものの、訪問抑制効果は低くならざるを得ません。過剰利用を抑制し、環境への影響や安全性を確保するためには、さらに高い金額を設定することが必要だと思われます。

 また入山料だけでは訪問者抑制効果は低いため、他の対策も組み合わせることが必要です。たとえば、知床ではヒグマが活動する時期には生態系への影響や安全確保のために、エコツアーに参加しないと知床五湖を訪問できないように制限を加えています。エコツアー参加料金は5,000円前後と比較的高額であり、しかもツアー数に限度があるため確実に訪問者数を抑制することが可能です。

 なお、今回の推定はあくまでも世界遺産登録前の現在の訪問データをもとに入山料の効果を推定したものです。実際には世界遺産登録により富士山の知名度がさらに高まり、富士山の訪問価値が現在より上昇することが予想されます。その場合は、入山料による訪問抑制効果は現在よりもさらに低くなる可能性があります。

 地元自治体では、アンケート調査を実施して入山料の影響を調べることを予定しています。しかし、単にアンケートで入山料に対する一般的な意識調査を行うだけでは、入山料の効果を調べることは困難です。本研究では環境経済学で開発された「トラベルコスト法」を用いて効果を分析しましたが、入山料の効果を予測するにはこうした手法を用いた分析が有効であると思われます。

参考資料

(1)分析方法

 環境経済学で開発された「トラベルコスト法」を用いて推定しました。これは訪問地までの旅費と訪問率の関係を用いて訪問価値を計測する手法です。訪問価値の高い観光地には、高い旅費を支払っても訪問するはずであり、訪問者が支払った旅費に訪問価値が反映されています。そこで、旅費と訪問の関係を推定することで訪問価値を推定するのです。

 国内では研究事例は少ないものの、海外では多数の実証研究が存在し、国立公園の管理や海岸レクリエーションの整備などの環境政策で実際に用いられています。

 たとえば、1990年に米国カリフォルニア州ロサンゼルス沖で発生したタンカー事故では損害額の算定にトラベルコスト法が用いられました。タンカー「アメリカン・トレーダー」が座礁し、流出した油汚染によりビーチが閉鎖されました。この事故による環境破壊の損害賠償を求めて、政府はタンカー所有者を提訴しました。裁判ではビーチ閉鎖による損害額を巡って議論が交わされましたが、最終的にトラベルコスト法によって算定された損害額が採用され、裁判所はタンカー所有者に対して1,800万ドルの支払いを命じました。

 このように、トラベルコスト法は海外では裁判にも使われるほどの信頼性を得ており、多数の環境政策に実際に使われています。

(2)推定結果

 訪問に関するデータは、環境省が2010(平成22)年度に実施した「富士山の適正利用に関するアンケート調査」のデータを用いました。この調査では全国を10の地域に区分し、各地域からの訪問者数を計測しています。この訪問者数と各地域から富士山までの旅費をもとに推定を行いました。推定結果をもとに入山料を導入したときの効果をシミュレーションにより分析しました。分析結果は表のとおりです。


表:入山料の効果

 

  • 朝日新聞(6月5日 33面)、京都新聞(6月5日 22面)、産経新聞(6月5日 21面)、中日新聞(6月5日 30面)、日刊工業新聞(6月5日 24面)および毎日新聞(6月5日 28面)に掲載されました。