光合成酸素発生反応で利用される蛋白質内のプロトン移動経路を発見-人工光合成系の設計やバイオエネルギーの生産性向上に指針-

光合成酸素発生反応で利用される蛋白質内のプロトン移動経路を発見-人工光合成系の設計やバイオエネルギーの生産性向上に指針-

2013年4月16日

 石北央 学際融合教育研究推進センター生命科学系キャリアパス形成ユニット講師と斉藤圭亮 同客員研究員(科学技術振興機構さきがけ)らの研究グループは英国Imperial CollegeのA. William Rutherfordとの共同研究により、光合成酸素発生反応で利用される蛋白質内のプロトン移動経路を発見しました。

概要

 光合成は地球上の全生命のエネルギー源です。太陽光を利用した再生可能エネルギー生産の実現のためにも、そのしくみの解明が求められています。高等植物や藻類は太陽光を利用し、蛋白質「PSII」の内部で水を酸素と水素イオン(プロトン)に分解します。しかしその反応の分子機構は未だ不明です。同研究グループは、 2011年に日本のグループにより解明されたPSIIの分子構造をもとに量子化学計算を行い、さらに蛋白質の分子進化の過程に関する考察を加えることにより、水分解反応において酸素とともに生じたプロトンが蛋白質のどの部位を通って蛋白質外へ排出されるのかを、初めて分子レベルで明らかにしました。全く未知であった水分解反応機構のうち、プロトンの排出経路が明らかになったことにより、今後、反応機構の全体像の解明が大きく加速することが期待されます。

 この研究成果は、2013年4月18日(アメリカ時間)に米国科学アカデミー紀要(PNAS)のオンライン速報版に公開されました。

背景

 太陽光は地球に無尽蔵に降り注ぐ唯一のエネルギー源であり、人類の存亡をかけたエネルギー問題解決の立役者として期待されています。しかし、太陽光からエネルギーを取り出すための技術は、まだ発展途上と言わざるを得ないのが現状です。その一方で、高等植物や藻類などの生物は、大昔からいとも簡単にそれを行っていました。それが光合成です。光合成は、光のエネルギーを使って水分子を酸素分子と水素イオン(プロトン、H+)に分解する反応です。この反応を手助けする触媒として働くのがマンガンクラスターで、葉緑体にある膜蛋白質「PSII」の内部に位置しています。しかし、その触媒のしくみは謎に包まれています。2011年になってはじめて、岡山大学と大阪市立大学のグループがこのマンガンクラスターの分子構造を解明しました。これにより、光合成の水分解反応を分子構造に基づいて研究することがようやくできるようになりました。光合成から学んだしくみを応用することによって、人工光合成の実現や植物や藻類によるバイオエネルギーの生産性向上など、太陽光を利用したエネルギー生産の技術開発が進むと期待されています。

 解明されたマンガンクラスター周辺の分子構造をみると、水分子が多数存在しています。これらの水分子のうち、水分解反応に使われる水分子(基質)はどれかを知ることが、反応機構を分子レベルで理解するための第一歩です。なぜなら、基質水分子が特定されれば、複数の原子から成るマンガンクラスターのどの部位で触媒反応が起こるのかわかり、反応機構の特定につながるからです。しかし、分子構造を見ただけではどれが基質水分子かは分かりません。

 水分解は「2H2O(水)→O2(酸素)+4H+(プロトン)+4e-(電子)」という式で表されることからわかるように、反応に伴って酸素とともにプロトンが生成されます。このプロトンは蛋白質内部のマンガンクラスター付近で生成された後、蛋白質外部へ移動し、排出されます。もし、そのプロトン移動の経路を特定することができれば、その道筋を逆にたどることにより、必ず基質水分子に行き着くことができます。したがって、水分解機構を明らかにするためにすべきことは、プロトンが蛋白質内のどの部位を通って排出されるのか、その経路を特定することです。

研究手法・成果

 PSIIの中心部はD1・D2サブユニットと呼ばれる二つの部品からなります(図1)。D1とD2はとてもよく似た形をしているのですが、唯一の違いがあります。 D1はマンガンクラスターを持ちますが、D2は持たないという点です。これは、蛋白質の分子進化の過程において、もともとD2にも含まれていたはずのマンガンクラスターが消失してしまった結果だと考えられます(図1)。


図1:PSIIの中心部の模式図とその分子進化。青矢印:プロトン移動、赤矢印:電子移動、TyrD:チロシンD

 水分解後のプロトン排出はD1におけるマンガンクラスターの近傍で起こります。しかし、D1のこの領域にはプロトン移動経路の候補となる水分子が多く存在するため、一見しただけでは経路を特定することができません。一方、D2における対応する領域では水分子が少ないため、プロトン移動経路の解析を行うことが容易です。同研究グループは、D2のこの領域に着目し、プロトン移動のエネルギーを量子化学計算によって解析しました。その結果、唯一のプロトン移動経路(図2b)が存在することを見出しました。この経路はD2に存在する「チロシンD」と呼ばれるアミノ酸残基からプロトンが放出されるときに使用されるもので、複数の水分子とアミノ酸残基が水素結合で強固に結ばれて作られていました。これらの水分子とアミノ酸残基の上を、プロトンはまるでドミノ倒しのように次々に移動していくことがわかりました(図2c)。

 蛋白質の進化の過程をさかのぼると、D2はもともと、D1のようにマンガンクラスターを持ち、水分解反応を行っていたといわれています。私達が発見したプロトン移動経路はその痕跡かもしれません。重要な要素は進化の過程を経ても失われずに残るものです。もしそうならば、これと同様なプロトン移動経路がD1にも存在しているはずです。そこで、D1において対応する場所を調べたところ、水分子とアミノ酸残基からなる経路を発見することができました(図2a)。しかも、興味深いことに、この経路は水分解に必須であるといわれている塩化物イオンを含んでいました。これらのことから、D1におけるこの経路が、実際に水分解反応で使われているプロトン移動経路であると考えられます。


図2:(a)D1および(b)D2におけるプロトン移動経路と、(c)D2におけるドミノ倒し様プロトン移動の模式図。Cl-1:塩化物イオン、TyrD:チロシンD。(注)PNASの当該論文より転載

波及効果

 水分解に伴って排出されるプロトンの移動経路が明らかになったことで、水分解反応がマンガンクラスターのどこで起こっているのかを特定しやすくなりました。これにより今後、水分子の化学結合が開裂するしくみの解明など、より踏み込んだ反応機構の解明に向けた研究が大きく加速すると考えられます。天然の光合成のしくみをよく理解し、その分子設計の本質を学ぶことは、将来の人工光合成系の実現や、植物や藻類を利用したバイオエネルギーの生産性向上に向けて、分子レベルでの指針を得ることにつながると期待されます。

今後の予定

 今回発見されたプロトン移動経路が、多段階から成る光合成の水分解反応のどの場面でどのように利用されているのか、さらなる詳細な分子機構を明らかにします。

用語解説

PSII

PhotosystemII。植物の葉緑体に含まれる膜蛋白質。光のエネルギーを利用して水を分解し、酸素を発生する。その中心部はD1・D2サブユニットからなる。

マンガンクラスター

PSIIにおいて水分解反応を触媒する部位。 D1サブユニット内部に存在する。その分子構造は2011年にはじめて解明された。

D1・D2サブユニット

PSIIの中心となる蛋白質部品。D1とD2は互いに相同性が高くよく似た構造をとっているが、違いもある。 D1はマンガンクラスターを持つが、D2は持たない。

チロシン

蛋白質を構成する20種類のアミノ酸残基の一つ。電子を受け渡しする能力を持つという特徴がある。

水素結合

DNAの二重らせん構造や蛋白質の立体構造など、生体分子の形を維持するために重要な働きをしている結合様式。名前は水素原子を介して結合していることに由来する。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1300817110

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/173375

Saito Keisuke, Rutherford A. William, Ishikita Hiroshi.
Mechanism of tyrosine D oxidation in Photosystem II.
Proceedings of the National Academy of Sciences, 2013/04/18

 

  • 京都新聞(4月16日 30面)に掲載されました。