内在性レトロウイルスを抑え込む仕組みを解明

内在性レトロウイルスを抑え込む仕組みを解明

2010年2月18日


左から眞貝教授、松井稔幸 大学院生

 眞貝洋一 ウイルス研究所教授らの研究グループの研究成果が英国科学誌「ネイチャー(Nature)」に掲載されました。

  • 論文名:
    Proviral silencing in embryonic stem cells requires the histone methyltrasferase ESET.
    "胚性幹細胞では、宿主ゲノムに取り込まれたウイルス(プロウイルス)の抑制にはヒストンメチル化酵素ESETを必要とする"

研究の背景

 ヒトをはじめとして哺乳類のゲノムの少なくとも50%以上の領域は、遺伝子をコードしないいわゆる"ジャンク"な反復配列によって占められている(ヒトでは、遺伝子をコードする領域はゲノムの5%にも満たない)。この反復配列のほとんどはゲノムを飛び回る能力を持っていた転移因子に由来しており、転移因子は主に4つのグループに大別される。内在性レトロウイルスは、その1つのグループを構成するlong terminal repeat(LTR)型のレトロ転移因子で、ヒトではゲノムの8%までを占める。進化上、転移因子はある時期爆発的にゲノム上で転移・増幅したものの、ヒトの転移因子は現在ではほとんど不活性化している。一方、マウスの転移因子はまだアクティブに活動しているものが残っており、マウスの突然変異の10%までは内在性レトロウイルスの転移によるといわれている。このようないわゆる利己的な遺伝子の進入と増幅を防ぐために、生体には様々な抑制機構が存在する。そのひとつに転移因子の遺伝子発現抑制機構があり、体細胞や生殖細胞においては宿主ゲノムに取り込まれたレトロウイルス(プロウイルス)の発現抑制にはDNAのメチル化が重要であり、LTR部分のDNAのメチル化レベルが低下すると、プロウイルスの発現が上昇する。ところが、胚性腫瘍(embryonic carcinoma:EC)細胞や胚性幹(embryonic stem:ES)細胞などのような発生初期の胚から樹立された細胞株では、DNAのメチル化に非依存的な、特別なプロウイルスの発現抑制機構が存在することが30年以上も前から知られていた。しかし、その詳細なメカニズムは良くわかっていなかった。

研究の内容

 今回我々は、この発生初期の細胞で特異的に機能しているプロウイルスの発現抑制機構に、ヒストンリジンメチル化酵素ESET/SETDB1が非常に重要な役割を持つことを明らかにした。ESETはヒストンの特異的なアミノ酸(ヒストンH3の9番目のリジン残基:H3K9)をメチル化する活性を持ち、ESETをコードする遺伝子を条件的に欠失できるES細胞の解析から、ESETを除去すると内在性レトロウイルスの発現レベルが著しく上昇した。そして、内在性レトロウイルスのLTRプロモーター領域のH3K9はESET依存的にトリメチル化されていることも判明した。また、ESETはプロウイルスのLTR領域にKAP1と呼ばれる分子に依存して導かれることも明らかとなった。さらに、ES細胞におけるプロウイルスの発現抑制には、ESETのヒストンメチル化活性は重要であるものの、DNAのメチル化は必ずしも必要でないことが分かった。以上のことから、ESETは、DNAのメチル化状態がダイナミックに変化する胚発生初期の細胞で、DNAのメチル化非依存的に、プロウイルスの発現抑制に寄与していることが示唆された。

今後の展望

 学問的観点からは、1)生殖細胞の発生初期段階においても、DNAの脱メチル化がグローバルに誘導される。この段階においても、ESETを介したプロウイルスの発現抑制機構が機能しているかを明らかにすることが重要だろう。2)先にも述べたように、ヒトでは転移因子はほとんど不活性化していると言われている。しかし、ESETがヒトの胚性細胞でもプロウイルスの発現抑制に寄与しているかは明らかではないので、ヒトiPS細胞などを使って、そのことに関して検討することは興味深い。応用的観点からすると、今回の知見は、ES/iPS細胞へのより効果的なウイルス発現ベクター系の開発に寄与すると考えられるので、その方向での進展が期待される。 


図.マウスES細胞におけるESETによるプロウイルスの発現抑制機構

 

  • 京都新聞(2月18日 25面)、産経新聞(2月18日 3面)、日刊工業新聞(2月18日 19面)および毎日新聞(2月18日 3面)に掲載されました。