腎不全治療の新しい可能性の発見-腎不全をきたす遺伝病、アルポート症候群はBMP阻害分子USAG-1欠損によって軽快し、腎不全に陥らない-

腎不全治療の新しい可能性の発見-腎不全をきたす遺伝病、アルポート症候群はBMP阻害分子USAG-1欠損によって軽快し、腎不全に陥らない-

2010年2月9日


柳田講師

 柳田素子 生命科学系キャリアパス形成ユニット講師らの研究グループは、腎臓の尿細管から分泌される因子が糸球体障害を調節する仕組みを初めて明らかにし、この研究成果が、米国医学雑誌「Journal of Clinical Investigation」誌に掲載されました。

概要


図1


図2

 糖尿病や糸球体腎炎などの原因で腎臓の障害が長く続く状態を「慢性腎臓病」と総称するが、進行すると末期腎不全になり、人工透析や腎移植をしなければ生命が維持できない状態となる。慢性腎臓病や人工透析の患者数は世界的に増加し続けており、日本では成人の8人に1人が慢性腎臓病であり、国民の400人に1人が人工透析をうけている。しかしながら従来の腎臓病治療薬は予防的側面が強く、腎不全に陥った腎臓は治療不可能と考えられてきた。今回の研究で私達は、腎臓病の新たな治療法の可能性を見出した。

 近年、腎臓病の動物モデルに、骨形成因子であるBMP7(Bone Morphogenetic Protein)を投与すると障害された腎臓が修復され腎機能が回復することが報告された(Nat Med 2003)。これは腎不全からの回復という点で画期的であるが、BMP7の受容体の発現が腎臓だけではないため、他臓器への広範な副作用が問題である。

 私達は腎臓に特異的に発現している新規BMP調節分子、USAG-1を同定した(Yanagita M et al BBRC 2004)。USAG-1はBMP7に直接結合することによって、受容体への結合および下流のシグナルを抑制する(図1)。

 腎臓は、血液を濾過する役割をする糸球体(しきゅうたい)と、そこで濾過された原尿の中から必要なもの不要なものを取捨選択する尿細管(にょうさいかん)に分けられる(図2)。一般に糖尿病や糸球体腎炎などの慢性腎臓病で障害されるのは糸球体であり、引き続いて尿細管が障害されると腎機能が低下する。

 USAG-1の発現は腎臓に特異的であり、中でも遠位尿細管に限局して発現する(図のオレンジ色の部分)。この部位ではBMP7も発現しており、USAG-1が効率よくBMP7をトラップしてしまうことでBMP7が腎臓保護作用を発揮できない可能性がある。

 私達は既に、USAG-1を欠損したマウス(USAG-1ノックアウトマウス)を作成し、このマウスに急性腎不全などの尿細管障害を惹起すると、腎機能が低下しにくいことを証明してきた(Yanagita M et al. JCI 2006)。この結果から、USAG-1とBMP7 の結合阻害剤やUSAG-1の発現制御剤には腎不全治療薬としての可能性があると考えられる。USAG-1の発現が腎臓特異的であることから、このような薬剤はBMP7自体の投与よりも副作用が少ないと期待される。

 私達はこのように急性腎不全などの尿細管障害におけるUSAG-1の役割を明らかにしてきたが、糸球体疾患においてもUSAG-1が増悪因子として働くことが明らかになれば、USAG-1を標的とした治療法の適応が劇的に拡大される。

 今回、私たちは進行性の糸球体腎炎から腎不全をきたす遺伝疾患、アルポート症候群に着目した。アルポート症候群は5000人から10000人に一人の頻度で発症する遺伝性腎炎で、幼児期には血尿のみであるが、年齢とともに蛋白尿が出現し、20歳前後までに腎不全に陥る。根本的な治療法はなく、腎不全に陥った場合には、透析や腎移植が必要である。その遺伝子異常は糸球体の基底膜の構成成分である4型コラーゲンのα鎖の変異であり、基底膜が脆弱であることから、マトリックスメタロプロテアーゼなどの酵素による切断をうけやすくなり、糸球体障害が進行する。

 私達はアルポート症候群のモデルマウスとUSAG-1ノックアウトマウスを交配し、USAG-1がない状況下ではアルポート症候群の糸球体障害が極めて軽微で、慢性腎不全に陥らないことを見出した。さらにそのメカニズムとして、遠位尿細管の一部が糸球体に接している部分(図3)を通して糸球体と尿細管のクロストークがあり、尿細管から分泌されたUSAG-1がBMP7の作用を抑制することでマトリックスメタロプロテアーゼなどの分解酵素の発現を増幅し、基底膜断裂を誘発することで糸球体障害を増悪することを見出した。慢性腎臓病では糸球体障害と尿細管障害が車の両輪のように並行して悪化することで腎機能が低下するが、その詳細なメカニズムは明らかになっていなかった。本研究により、尿細管から分泌される因子が糸球体障害を調節する仕組みが初めて明らかになった。

    

  1.                                                     図3

 この研究成果は、これまで治療法のなかったアルポート症候群の治療に新しい可能性を開くのみならず、尿細管と糸球体のクロストークの可能性を示すことによって、腎臓病が進展するメカニズムを解明した。USAG-1を標的とした治療法は広く慢性腎臓病の治療薬になりうる可能性がある。

 

  • 朝日新聞(2月9日夕刊 6面)、京都新聞(2月9日夕刊 8面)、産経新聞(2月9日夕刊 10面)、日本経済新聞(2月9日夕刊 14面)、日刊工業新聞(2月10日 21面)、毎日新聞(2月9日夕刊 7面)および読売新聞(2月15日 14面)に掲載されました。