AIDによるクラススイッチの際DNA切断を起こすのはトポイソメラーゼ1であることを発見

AIDによるクラススイッチの際DNA切断を起こすのはトポイソメラーゼ1であることを発見

2009年12月8日

 本庶佑 医学研究科客員教授らの研究グループの研究成果が米国科学アカデミー紀要に掲載されることになりました。

 写真は左から小林牧 医学研究科客員研究員、相田将俊 医学研究科特定有期雇用研究員、本庶客員教授

研究成果の概要

 ワクチンの効果は抗体記憶が生じることに依存する。抗体記憶の本質はクラススイッチ組換えと体細胞突然変異という遺伝子変異が抗体遺伝子に起こることである。クラススイッチとはB細胞から分泌される免疫グロブリンが抗原刺激によりIgM型からIgG型、IgA型などに変化することによって、より効率的な抗原排除を行うことを可能にするものである。クラススイッチが起きない場合には、感染体に対する中和抗体ができない、母親から胎児へ抗体が移行しない、消化管や呼吸器の表面に微生物に対する抗体が分泌されない、などの免疫不全状態に陥る。

 骨髄でVDJ(VJ)組換えを完了した成熟Bリンパ球は末梢リンパ組織において抗原刺激を受け、クラススイッチ組換えや、体細胞突然変異により抗原に親和性の高い抗体を作るために必須のシトシン・デアミナーゼであるAIDを発現する。AIDの作用によりDNA切断が起きることは既に明らかであったが、AID 自体はDNAやRNAを構成するシトシンをウラシルに変換する酵素であり、DNA切断酵素ではないため、AIDがどのような分子機構を用いてDNA 切断を起こすのかは、永く不明であった。今回、我々は、全ての細胞でDNA複製、転写、修復などの過程に普遍的に働くトポイソメラーゼ1というDNAの超らせん構造制御酵素の量が、AIDの働きによって減少し、その結果トポイソメラーゼ1がクラススイッチにおけるDNAの切断に直接関わることを発見した。

 その証拠の第1は、トポイソメラーゼ1の特異的阻害剤であるカンプトテシンがクラススイッチと免疫グロブリン遺伝子の切断の両者を阻害することである。第2に、AIDはトポイソメラーゼ1のタンパク質産生を抑制することにより、トポイソメラーゼ1を減少させた。第3にノックダウン法によりトポイソメラーゼ1を減少させると、DNA切断が増加するとともにクラススイッチが増強した。第4にトポイソメラーゼ1の低下もしくはAIDの発現により切断部DNAの構造変化が見られた。以上のことから、AIDの作用によるトポイソメラーゼ1の減少が抗体遺伝子DNAの構造変化をもたらすことでDNA切断を起こすと考えられる。

 AIDはB細胞以外においても、C型肝炎ウイルスや胃がんの原因となるヘリコバクター・ピロリ感染の際に発現し、がん遺伝子の切断や組換えを引き起こし、発癌の原因になると予想されている。AIDがどのようにしてトポイソメラーゼ1のタンパク質産生を抑制するのかは未だ不明であるが、AIDが小分子RNAのRNA編集により、トポイソメラーゼ1の翻訳抑制が引き起こされるという仮説を提案した。今後このAIDにより調節される分子機構が明らかになれば、発がんの抑制制御に関する新しいアプローチが可能になることが期待される。

 

  • 産経新聞(12月8日 20面)および日刊工業新聞(12月8日 20面)に掲載されました。